ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

ブッカー賞その後

 すっかり体調を崩し、読書どころではなくなったが、ひさしぶりにアメリカのアマゾンのブログを覗いてみると、10月19日付で Anne Enright の "The Gathering" を賞賛する記事が載っていた。http://www.amazon.com/gp/blog/A287JD9GH3ZKFY/104-0479793-5168747?%5Fencoding=UTF8&cursor=1193195897.637&cursorType=before
 ぼくは目から鱗が落ちるような鋭い指摘があることを期待していたのだが、残念ながら、これを読んでもまだ、アン・エンライトの受賞には納得がいかない。
 Enright reaches in and tries to tease all these vestiges of life apart, to get at the heart of what it means--in the midst of death--to be truly alive. The story of the Hegartys is indeed bleak, and hard, but it surges with tenderness and eloquent thought which, in the end, are the very things that help this family (or, at least, Veronica) survive. Through her eyes, and in Enright's skillful imagination, those small turning-point moments of life that we all know in some form or another--a petty fight, a careless word, an event witnessed--come together in an unshakeable vision of how you become the person you are.
 …といったあたりが上の記事の核心部分だが、ぼくは9月12日の日記に、「(主人公の)兄が自殺した動機や背景について、なぜもっと書きこまないのか不思議でならない」と書いた。兄の自殺は、本書における事件の中で最大の「人生の転換点」であるはずだが、いくら人の自殺の理由は藪の中といっても、エンライトの説明は不得要領で、曖昧な雰囲気しか伝わってこない。兄の死が全体の背景にあってこそ、主人公が自分の人生で起きたあれやこれやの事件に思いをめぐらす必然性が生まれ、ひいては survive しよう(耐えて生きていこう)という決意にもつながるのではないか。しかしながら、その死はあやふやな背景にしか過ぎない。「主人公がショックを受けて茫然としているのは分かるが、そのショックに説得力がないのは致命的なミスだ」というぼくの意見は今も変わらない。
 とはいえ、既にこの日記で指摘しているように、ぼくが本命、対抗、穴馬に推した "Mister Pip", "Darkmans", "Animal's People" にもそれぞれ欠点がある。終わってみれば、今年のブッカー賞は本命不在だったのかもしれない。それにひきかえ、去年のキラン・デサイの "The Inheritance of Loss" は、つくづくいい作品だったと思う。たしか新潮社が版権を持っているはずだが、早く翻訳を出してもらいたいものだ。(付記:その後、キラン・デサイの本は『喪失の響き』という邦題で早川書房から刊行された)。