ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ivan Doig の "The Whistling Season"

 この連休中も仕事に追われたが、その合間にようやく Ivan Doig の "The Whistling Season" を読みおえた。

The Whistling Season

The Whistling Season

[☆☆☆☆] 少年小説の秀作。これを読んでいるあいだ、自分の小学校時代のさまざまな思い出が本書のエピソードと重なり、懐かしさと切なさでいっぱいになった。「子供時代はすべての人の心の中で独立して存在する一つの物語」という書中の言葉にまったく同感である。舞台はモンタナの大草原の小さな町。父子家庭のもとで未亡人が家政婦として働き、その兄が教室が一つしかない学校で教鞭をとるようになる。授業中の事件や喧嘩騒ぎ、放課後の遊びなど、教室内外で繰りひろげられる子供の情景はまさに万国共通。それだけに、他の小説で読んだり映画で観たりした話と似通っているのは仕方ないが、ユーモアをまじえたドイグの描写は正確そのもので、それぞれの子供の顔が目にうかんでくるようだ。ハレー彗星の接近にちなんだハーモニカの合奏シーンなど、『サウンド・オブ・ミュージック』ばりの楽しさである。一方、家政婦が登場することで家庭小説のおもむきもあり、その筋立てはやはり『サウンド…』を思わせる。が、むろん二番煎じではなく、一家の運命を大きく変えた事件の導入は定型を破る試みと言える。英語は難易度の高い語彙が多く、上級者向きだと思う。

 …アイヴァン・ドイグは昔から注目している作家だが、実際に読むのはこれが初めてだ。本来なら "This House of Sky" をまず手に取るべきだろうが、本書ともども長らく積ん読状態。どうせなら今年のアレックス賞を受賞した最新作のほうから、この「モンタナ専属作家」の世界にふれようと思った次第だ。
 ドイグの著作リスト http://en.wikipedia.org/wiki/Ivan_Doig を眺めると、そのほとんどがモンタナ州を舞台にしたもので、特に東部の批評家からは「地方作家」とのレッテルを貼られ、二流視されているようだが、ローカル・ピースの好きなぼくはむしろ大歓迎。たしかに本書に関するかぎり、人生の深い問題を扱った作品ではないし、文学的な冒険が行われているわけでもないが、ぼくが小説に求めるものはいろいろな要素があり、いつも知的興奮を味わおうと思って読んでいるのではない。これはヒーリング系の情的快感を与えてくれる本だ。
 成人した長男が半世紀後、昔住んでいた家を訪れ、子供時代を回想する形式で、粗暴な少年や生意気な女の子と対立したり、嫌な先生に反発したり、逆に、肌の合う先生に出会って勉強の楽しさに気づいたりと、誰しも身に覚えがあるような経験が面白おかしく、かつノスタルジックに綴られる。定番の話だが、共感を呼ぶ主題に則り説得力のある展開を見せている点で、ドイグの小説作りは誠実そのもの、まさしく職人芸である。
 とりわけ印象深いのは、主人公が校庭に立ちつくし、流れる時間、過ぎゆく人生の中で一つの定点として少年時代を実感している場面だ。ぼくにもそんな瞬間があった。夕陽を浴びながら、公園の滑り台だったかの上で茫然と周囲の景色に見入った憶えがある。そういう思い出をよみがえらせる力が、ここには確かにある。
 その力は結局、学力テストの話や、教師と頑迷な父兄との衝突事件などからも分かるように、ドイグが子供の世界を普遍的に再現していればこそ生まれてくるものだ。それを70歳近い老人がやってのけている点がすごい。マイナーといえばマイナーな作品だが、大草原の小さな町から普遍的な子供の物語をつむぎ出すのは決してマイナーな仕事ではない。さすがはアレックス賞受賞作と拍手を送りたい。