ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Maggie O'Farrell の “The Vanishing Act of Esme Lennox”

 毎年11月から12月は年間ベスト10の季節だが、困るのはハードカバーが大半を占めることだ。何か未読のペイパーバックはないものかとあちこち検索したあげく、米アマゾンの Best Books of 2007 Top 10 Editors' Picks: Literature & Fiction http://www.amazon.com/gp/feature.html/ref=amb_link_5833012_13?ie=UTF8&docId=1000158641&pf_rd_m=ATVPDKIKX0DER&pf_rd_s=center-5&pf_rd_r=191VXDGAMF8E2XEZ5R4T&pf_rd_t=101&pf_rd_p=324314401&pf_rd_i=383166011 でようやく見つけたのが Maggie O'Farrell の次の本である。選ばれているのは米版だが、イギリスではかなり前からペイパーバックが出ている。

The Vanishing Act of Esme Lennox

The Vanishing Act of Esme Lennox

[☆☆☆] 途中まで非常に面白かった。よくある展開だが、当初ふたつのべつの物語が同時に進行し、それがどう結びつくかという点に興味がある。ついで、意外に早く訪れた連結のあと、女はどうして精神病院に60年以上も入院していたのか、しかもそれがなぜ家族の者に伏せられていたのか、という謎に焦点が移動。この流れのあいだに複数の人物の視点が入り組み、過去と現在が交錯する構成の妙、それが本書のいちばんの目玉である。なかには最後までその至芸を楽しめる向きもあるだろうが、いざ謎が解けてみると技巧が少々鼻についた。なんと入院が長い年月におよんだ理由の説明がほとんどなく、結末も中途半端。過去と現在にまたがるさまざまな人物の愛憎関係は面白いものの、それ以上に深みが増すことのない水準作である。

 …マギー・オファーレルは『アリスの眠り』 "After You'd Gone" がイギリスでロングセラーになっている作家で、この "The Vanishing Act of Esme Lennox" も英アマゾンでは出版当初から売れ行きがいいようだ。去年の6月に注文したときはなぜか入手できず気になっていたが、上のリストを見て再度注文したところ、今度はあっさり手に入った。というわけで、待ちに待って読みはじめたのだが、結論から先に言うと期待外れ。本当にこの程度の小説がベストセラーなのか、年間ベスト10入りは販売政策ではないのかと少々疑ってしまう。
 本書で何よりも不満なのは、先日採りあげた Susan Fletcher の "Eve Green" と同じく、提示されている謎が「解明に値する謎」、「解くことによって多少なりとも人生の真実が見えてくる謎」とは思えない点である。たしかに女が理不尽な理由で精神病院に閉じこめられるくだりは面白いのだが、いったん謎が明かされてみると、そこにはどんな意味があるのだろうと首をひねってしまう。しかも上に書いたように、入院後、60年以上も放置されていた謎については説明らしい説明もなく、たぶんこんな事情からだろうと推測するしかないとあっては、消化不良はつのるばかり。まあそれには目をつぶるとしても、突然女を「介護」することになった家族の者はどう対処すればいいのか。退院した女の人生はどう変わるのか。そういった点をじっくり書きこまなければ、謎を解く意味がないのではあるまいか。
 これは視点の変化と時間の交錯で読ませる本である。この技法がなければ上記の短所はもろに露呈してしまう。技術的には星4つでもいいが、内容を考えると減点せざるをえない。ぼくは話が見えたとたん、眠くて仕方がなかった。もちろん最後には意外な秘密も暴露されるのだが、これまたどんな意味があるのかと思うと少々興ざめである。"Eve Green" の項でふれた Trezza Azzopardi の "Remember Me" のような文芸ミステリの秀作は意外に少ないのかもしれない。