ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Andrew O'Hagan の "Be Near Me"

 Maggie O'Farrell の "The Vanishing Act of Esme Lennox" に続き、ペイパーバックで読める昨年の年間ベスト作品を探した結果、今度は "Publishers Weekly" 誌が選んだリストの中から、Andrew O'Hagan の "Be Near Me" を読んでみた。 http://www.publishersweekly.com/article/CA6496987.html

Be Near Me

Be Near Me

[☆☆☆★] 久しぶりにイギリスの小説らしい小説を読んだ。最初はとりわけ、スコットランドの田舎町に赴任したイングランドの神父と家政婦が丁々発止とかわす会話が面白い。やがて歴史的、宗教的な背景から敵意を示す地元民をよそに、神父は不良少年たちと親交を深める一方、家政婦は癌にかかっていることが分かる。こういう流れの中で各人物の心の動きが、時には散文詩と言ってもよいほど繊細なタッチで描かれ、本書の読みどころの一つとなっている。物語が動きだすのがかなり遅いので、この微妙な心理描写を楽しまないと忍耐を強いられるかもしれないが、終盤はリーガル・サスペンスに近い盛り上がりを見せ、事件に巻きこまれた神父の洩らす「愛する人を選ぶことはできない」という言葉が感動的。結末も深い余韻に満ちており、愛と死、友情、孤独、青春など、さまざまな思いのこめられた佳作である。英語は難易度の高い口語表現が頻出し、方言も混じるなど上級者向き。

 …本書は一昨年のブッカー賞のロングリストにも選ばれた作品で、英アマゾンでは文芸部門のロングセラーとなっている。アンドルー・オヘイガンは99年にも "Our Fathers" が同賞の最終候補作に選ばれているが、不勉強のぼくは未読。本書も上のリストを目にしなければ積ん読のままだったろう。
 これは正直言って、途中まであまり乗らなかった。なぜ神父が不良少年の危うい行動を黙認するのか、今ひとつ納得できなかったからだ。中盤で事件が起こり、やがて青春時代の回想が始まったところでその疑問は氷解するものの、勘の鈍いぼくとしては、もう少し伏線を張るなり回想を早めるなり、「構造計算」を正確にしてくれないとストレスがたまり過ぎる。本書がショートリストから洩れたのも、一つにはその辺が災いしているのかもしれない。
 ぼくの疑問は実は、この本のテーマにもかかわっている。つまり回想と前後の物語をつき合わせ、神父が自分の良心に忠実であろうとして挫折するという展開を経て初めて、「禁断の愛」という主題がうかびあがるのだが、これが隠し絵のように描かれているため、いささか焦点が絞り切れていない。読後に深い余韻は残るのだが、どうもすっきりしないのも、アンハッピー・エンディングのせいばかりではなく、愛の実体をつかみにくいことにもよる。その点、癌にかかった家政婦と神父のふれあいが終始一貫、静かな感動を呼ぶのとは対照的である。
 何だかずいぶんケチをつけてしまったが、含蓄に富んだ会話や繊細この上ない心理描写は実に読みごたえがあり、文学史をまともに勉強したことのないぼくが言うのもおこがましいが、オヘイガンは英国小説の伝統をしっかり受け継いでいる作家だと思う。後半の快調な物語性も実力の片鱗をうかがわせる。今後の飛躍を大いに期待したい。