ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sara Gruen の "Water for Elephants"

 またもや「自宅残業」の日々が始まったので、例によって昔のレビューでお茶を濁すことにした。サラ・グルーエンの "Water for Elephants" である。

Water for Elephants

Water for Elephants

[☆☆☆★★] サーカスの世界にふれるのはジョン・アーヴィングの『サーカスの息子』以来だ。張り扇を叩く音が聞こえてきそうだった同書と較べると、さほど大きな仕掛けはないが、それでも恋あり涙あり、なかなか楽しい作品に仕上がっている。今は療養所暮らしの老人が禁酒法の時代、二流サーカス団で働いていたころの出来事を回想する。回想の章の冒頭には当時の観客や団員、象などの写真があり、ノスタルジックな効果満点。物語そのものもセピア調と言えよう。獣医の息子が両親の死後、たまたま飛び乗ったのがサーカスの専用列車。初めは冷たい仕打ちを受けるものの、やがて団員との間に友情が芽生え、騎馬ショーの花形に恋をして粗暴な調教師の夫と対決…絵に描いたような昔ながらの人情劇で、動物がいきなり暴走を始めるプロローグからして型通りの展開だ。そこがいまひとつ物足りない点だが、動物への愛情に満ちた作風には好感が持てるし、こういう素朴な物語を読むと爽やかな気分になることも事実。回想のあいまに混じる老人ホームの話も定石通りで、身につまされるが安心して読める文脈だ。英語も標準的で、たまに難易度の高い表現が出てくるものの、電車の中でしばし快適な時間を過ごせることだろう。

 …ご存じ06年のアレックス賞受賞作。映画化されるという話なので、たぶん邦訳も出るのではないか。ぼくは去年の今ごろ、少しだけ縁のあった某社の編集者に推薦したのだが、あっさり振られてしまった。他の会社が版権を取っていたのかもしれない。まあ、ぼくのような素人レビュアーが口を出すことではない。
 これは先週読んだ Ishmael Beah の "A Long Way Gone" とは対照的に、寝ころんで気軽に読める本だ。しかも上に書いたように、読後感は爽やかの一語。ベアの作品ほど深みはないが、ペイパーバック入門編としては最適の一冊だろう。実は07年のアレックス賞受賞作にも、シノプシスから判断して肩の凝らない面白そうな本を一つ見つけているのだが、残念ながら未読。ペイパーバック版が出たらすぐに読もうと思っている。