ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jim Harrison の "Returning to Earth"

 "Publishers Weekly" 誌選定の年間優秀作 http://www.publishersweekly.com/article/CA6496987.html には、Andrew O'Hagan の "Be Near Me" 以外にもペイパーバックで読める作品がいくつか混じっている。Jim Harrison の "Returning to Earth" もその一つだ。

Returning to Earth: A Novel

Returning to Earth: A Novel

[☆☆☆★★] 妙な言い方だが、死もまた人生であることを実感させてくれる本だ。舞台はスペリオル湖近くの田舎町。難病にかかり、死を覚悟した混血インディアンの男が曾祖父や祖父をはじめ、一家の物語を妻に語りはじめる。そのファミリー・サーガに加え、自身の思い出や最近の出来事が渾然一体となり、生と死をめぐって静かにつむぎだされる感情の糸。これを読むと、死はどう迎えるべきものなのかと考えずにはいられない。やがて悟りをひらいた男は「土に還る」ことを決意する。以後、視点は残された家族の者に移り、最後は妻の話で幕を閉じるが、ここでも主題は明らかだ。肉親の死はどう受けとめたらいいのか。死ぬとわかった者にどのような死を迎えさせ、その死後、自分はどんな人生を送るべきなのか。死とは一人の人間の消滅ではなく、死者と生者を結ぶ強い絆であるという本書のメッセージには胸を打たれる。劇的な展開を好む読者には退屈かもしれないが、生と死、家族の結びつきについてじっくり考えさせられる佳作である。英語はやや上級者向きで、滋味豊かな文章だと思う。

 …ジム・ハリスンは『現代英語作家ガイド』にも載っている有名な作家で前から気になっていたが、実際に作品を読むのはこれが初めてだ。上のリストを見て、そういえば積ん読だったなと思い出した次第。どうもそんな作家が多すぎて情けない。
 これは主題的にも技法的にも昨年のブッカー賞受賞作、Anne Enright の "The Gathering" とよく似た作品だが、こちらのほうがずっと優れている。"The Gathering" 程度で栄冠に輝くのなら、ジム・ハリスンは本書を先にイギリスで出したほうがよかったのではないかと思ったくらいだ。
 まず二作とも肉親の死をテーマに据えているが、アン・エンライトのほうは、前にも書いたとおり、主人公の兄がなぜ自殺をしたのかという肝心の話がぽっかり抜けている。従って、「主人公がショックを受けて茫然としているのは分かるが、そのショックに説得力がないのは致命的なミス」である。
 その点、本書の第一部は、死を前にした男が現在と過去のさまざまな思いを語るところから始まり、やがて自分の死に方を決める話で終わる。そこには当然、残された家族に対する深い愛情がこめられており、それゆえ第二部以降、妻や義兄などに視点が移ったとき、そこで描かれる悲哀と苦悩にもリアリティーがある。
 その視点の変化も実に効果的だ。単なるレトリックではなく、意味のある変化になっている。男の生前から死の瞬間、そして死後と、局面に応じて別々の立場から死の問題を採りあげ、自分は死をどう迎えるか、周囲はその死をどう受けとめるかと畳みかける。それが「死者と生者を結ぶ強い絆」というテーマにつながるのであり、このテーマが与えるインパクトはかなり強烈だ。
 ぼくは "The Gathering" のレビューで、登場人物の「心に残った場面が」「断片的かつ連鎖的に綴られる」と書いたが、この「イメージ連想法」とでも言うか、現在の人物や場所をきっかけに過去の回想が切れ目なく混じる技法。これも "Returning to Earth" と共通する特徴だが、「コアになるべき物語があまりにも希薄な」"The Gathering" に対し、ジム・ハリスンのほうは、「生と死の絆」という主題を色濃く反映した物語をしっかり作りあげている。おかげで話がいろいろ飛ぶわりには散漫な印象を受けない。
 以上、これはなかなか優れた作品だと思うが、告白すると、主題と展開が見えたところでいささか眠くなった。書中、Louise Erdrich への言及があり、本書を読みながら "The Painted Drum" を思い出していた僕はにやりとしたが、あちらも同じく生と死の絆を扱った秀作で、幕切れはさらに感動的だ。話が長くなったので、この続きはまた後日。