ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Martin Amis の "House of Meeting" と James Meek の "The People's Act of Love"

 今度は「タイム」誌選定の年間ベスト10の中から Martin Amis の "House of Meeting" を読んでみた。http://www.time.com/time/specials/2007/top10/article/0,30583,1686204_1686244_1691860,00.html 一昨年にもガーディアン紙で選ばれているので、二年連続の優秀作ということになる。http://books.guardian.co.uk/booksoftheyear2006/story/0,,1973636,00.html

House of Meetings (Vintage International)

House of Meetings (Vintage International)

[☆☆☆★] シベリア流刑地の話といえば古くはドストエフスキー、そして何よりソルジェニーツィンの作品を思い出すが、そうした「死の家の記録」にマーティン・エイミスはどんな新しいページを加えようとしたのか。最初はそんな興味に駆られるが、見事に期待外れ。たしかにスターリン圧政下、収容所内の悲惨な現実は描かれ、ゆえなく自由を奪われた人々の悲痛な声が聞こえてくる。が、その現実、その声はすべて「想定内」のものばかり。では、エイミスは主人公の回想を通じて第二次大戦から現代にいたるまで、革命という実験に失敗し、今や「死に瀕している」ロシアの負の歴史を要約したかったのかというと、もちろんそれほど壮大な物語でもない。中心はやはり、主人公の兄とその弟、弟の妻が生みだす三角関係にあるからだ。兄弟のいる収容所を訪れた妻が「面会の館」で弟と再会したとき、そこでどんな事件が起きたのか。思わせぶりな予告が何度もあるため、いやが上にも期待は高まるが…結局、この小説で作者は何を言いたいのかよく分からなかった。煎じつめれば複雑な構成のメロドラマといったところだろう。構文的には普通の英語だが、例によって語彙レヴェルは非常に高い。

 マーティン・エイミスのこの本は前から知っていたが、どうも食指が動かなかった。今さら旧ソ連強制収容所の話といっても新味を出すのは難しいだろうし、旧作から判断して、エイミスがドストエフスキーのように人間に関する真実を鋭く追求するはずはないと思っていたからだ。今回、ペイパーバックで読める年間優秀作品ということで取り組んでみたが、結果は残念ながら予想どおりだった。
 滑り出しは上記の興味もあってなかなか面白い。が、そのうち作者の意図が本格的な人間観察はもちろん、ソルジェニーツィンのような告発にもないことが分かり、あとはどんな仕掛けが待っているのだろうと期待して読みつづけたが、「面会の館」で弟夫婦の間に起きた「事件」の真相を聞いても、だから何なんだとしか思えなかった。
 歴史的政治的な背景をうまく絡めたメロドラマと言いたいところだが、それにしては主人公の内省が重すぎて楽しめない。さりとて、その重みが人生の深い思索に通じているわけでもないので共感や感動も得られない。要するに中途半端なのだ。これならいっそ、同じロシア物でもメロドラマに徹した James Meek の "The People's Act of Love" のほうが単純明快でよかったのではないか。

The People's Act of Love

The People's Act of Love

[☆☆☆] 題名に魅せられ、血湧き肉躍る歴史ロマン小説を期待して読みはじめたのだが、たしかにサスペンスに満ちた場面が多く、水準には達していると思うものの、いまひとつ乗れなかった。時代背景は革命動乱期のロシア。過去に何度も採りあげられてきた題材だけに、え、ホンマかいな?と思わせるようなユニークな設定が望まれるところだが、その点、本書は少々パンチ不足。目新しいのは、舞台が首都近辺ではなくシベリアの田舎町で、「愛の行為」と称して、方やみずから「去勢」をほどこした宗教集団、方やカニバリズムを実践する青年革命家が登場することくらいか。著者の後書きによれば、ロシアでは去勢もカニバリズムも史実らしいが、うまく編集すればもっと面白い作品に仕上がったような気がする。英語は準一級程度で、電車の中で読むのにちょうどいいだろう。

 …昔のレビューだが、これはまあ一種の文芸エンタテインメントであり、"House of Meetings" とは別の意味で深みがない。革命や収容所などロシア物の定番は、少なくとも英米の作家にはもはやハードルが高すぎるのかもしれない。(追記:本書は2005年のブッカー賞ロングリストにノミネートされました)。