ガーディアン紙選定の年間ベスト10にもペイパーバックで読める本がいくつかあり、 http://books.guardian.co.uk/booksoftheyear2007/story/0,,2228843,00.html あと少しで Rupert Thomson の "Death of a Murderer" を読了するところだが、今日は Joanna Kavenna の "Inglorious" について書いておこう。
- 作者:Kavenna, Joanna
- 発売日: 2007/06/07
- メディア: ペーパーバック
…一昨年もそうだったが、ガーディアン紙は年間優秀作にブッカー賞やコスタ賞の受賞作を選ばず、その候補作やロングリストにもない作品を挙げている。他にも面白い本があるぞと言いたいのかもしれないが、この "Inglorious" はあまり面白くなかった。
主題は昨年のブッカー賞受賞作、Anne Enright の "The Gathering" や、最近読んだ Jim Harrison の "Returning to Earth" と同じく、肉親の死とその超克。上に書いたように内的独白が中心のスタイルだが、現在の事件を契機にさまざまな回想が切れ目なく混じるエンライトやハリスンの「イメージ連想法」とは異なり、また、ジョイスやフォークナーの「意識の流れ」とも異なり、主人公の思ったことがごく普通に述べられるので分かりやすい。ただ、そのぶん主題の平凡さも見てとりやすくなっている。
女は独白をはさんで行動予定や手紙を何度も書く。喪失した自己を取り戻そうとするためだが、これはソール・ベローの『ハーツォグ』でおなじみの手法だ。あちらは手紙の宛先がアメリカの大統領やハイデガー、ネール首相などと拡大する結果、人生の危機からの脱出だけでなくアイデンティティの追求というテーマが明確になり、文章にも異様な迫力があったと記憶する。それにひきかえ、"Inglorious" のほうはさほど深い思索には発展せず、陰々滅々、ただもう落ちこんだ女の苦しい胸の内が吐露されるだけ。ぼくは、あとで何か意外な展開がきっとあるに違いないと期待しながら読んでいたのだが、最初からずっと一本調子なので途中で眠くなってしまった。
たぶん、同じような立場にあるときに読めば、なるほどその通りと惹きこまれるのだろうが、感情移入で評価が分かれるような作品は凡庸である。とにかく主題的にも技法的にも新味に欠けるのが本書の難点だ。さらに言えば、ハリスンのように生と死の絆について考えさせることもなければ、ベローのように人間存在の根底に触れることもない。ここではひたすら主人公の内なる彷徨につきあうしかない。それが僕には難儀だった。