ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rupert Thomson の "Death of a Murderer"(承前)

 ぼくのパソコンはまだ修理中だが、家族のものを使って「侵入」。"Death of a Murderer" の感想の続きを忘れないうちに書いておきたかった。
 妙な言い方になるが、これは非常に長い短編小説とも形容できる作品である。その昔、「短編は閃光の人生」という名文句があった。一瞬、鮮やかに切りとられた人生の断面に接して思わず茫然となる。名作短編の醍醐味だが、Rupert Thomson の "Death of a Murderer" にもそれに近い味わいがある。
 再生というテーマは明らかだ。警官が夜七時から朝七時まで殺人犯の死体と同じ部屋で過ごしながら、人生の折り目節目に起きた思い出深い出来事をふりかえる。その回想を経た夜勤明けの警官は、前日までの彼ではない。冷たい空気の流れていた家庭に温かみが戻っている。だから何なんだと言われればそれまでだが、こういう何でもない人生の一幕を十二時間のうちに凝縮して描きだすルーパート・トムソンの筆力は大したものだ。
 トムソンといえば、日本では『終わりなき闇』で知られるミステリ作家としての印象が強い。それゆえ、サラ・ウォーターズの "The Night Watch" の邦訳が創元推理文庫から刊行されたように、本書もミステリとして翻訳されるかもしれないが、ここではジャンルに関係なく人生そのものが描かれていることは間違いない。たしかに重大な問題を深く追求した作品ではないが、回想シーンの各エピソードを現在の時間進行と組み合わせることで、男の人生を次第に浮き彫りにするという職人芸が光る。同じガーディアン紙選定の年間優秀作でも、Joanna Kavenna の "Inglorious" を読んで気が滅入ったあとだけに、本書のハートウォーミングな幕切れはありがたかった。