ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sarah Waters の "The Night Watch"

 ようやくパソコンが直ったが、ペイパーバックの新刊をまだ読み終わっていないので、昨日の続きで "The Night Watch" の昔のレビューを再録しておこう。

[☆☆☆☆] いやはや、面白かった。500頁近い大冊なのに一気に読んでしまった。本稿を書いている現在、2006年度ブッカー賞の受賞作はまだ発表されていないが、下馬評どおり、本書が栄冠に輝いてもなんら不思議ではない。サラ・ウォーターズは『半身』で一躍名を馳せたミステリ作家としての印象が強いが、本書の魅力もひとつには推理小説に近いものがある。まず、第二次大戦後まもないロンドンが舞台の第一部で謎の提示。なにやら曰くありげな人物が何人も登場し、次第に輪郭が見えてくるものの、肝心な点はほとんど読めない。この男あの女、じつは何者なのか?その関係は?こうしたちいさな疑問の連続でサスペンスを生むウォーターズの手法はすこぶる巧妙。戦争末期にさかのぼる第二部は種明かしの巻。それぞれの謎にまつわる大ロマンが驚くほど丹念に綴られる。その流れを楽しんでいるうち、ああなるほどと合点する次第。ロマンのひとつは「禁断の恋の物語」だが、会話も情景もごくふつうの恋愛小説なのに、それが「禁断」であるがゆえに異様な熱気が生まれ、さらには戦時下の状況、とりわけ空襲が焦燥感をつのらせる。すべての謎が氷解する戦争初期、第三部にいたるもハラハラしどおしで、おわってみれば短い年月の大遡行といえる大河小説。話を面白くしすぎて、人生の根幹にかかわる問題にふれる紙幅がなかったのが瑕瑾だろう。

 今読むと赤面ものの提灯レビューだが、一昨年のブッカー賞の発表直前、えらく興奮しながら一気に読んだのを昨日のことのように憶えている。これがその後、『夜愁』という粋な題名で翻訳されたのはいいのだが、推理小説でもないのに推理文庫から刊行されたのは悪しき商業主義の証拠と言わざるをえない。本書をミステリと思って手に取った読者は、何だこれは、とがっかりすることだろう。ミステリアスな作品ながら、謎そのものは大したことがないからだ。『このミス』では第4位にランクインしているそうだが、ホンマかいなと言うしかない。
 別にジャンルなんてどうでもいいとは思うけれど、不当な扱いをするのは作者にも作品にも失礼な話である。『薔薇の名前』だって版元は推理文庫から出していないのだから、そろそろサラ・ウォーターズも「単行本作家」に格上げしてもらいたいものだ。それとも、売れ行きはさほど期待できないということなのか。
 ともあれ、Rupert Thomson の "Death of a Murderer" に話を戻すと、これも「ミステリ作家が書いたミステリではない作品」である。"The Night Watch" と同じ憂き目に遭わないことを祈るばかりだ。