ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Isaac Bashevis Singer の "Enemies: A Love Story"

 この土日は内職に追われ、きょうも先ほどまで原稿に目を通していた。例によって昔のレビューでお茶を濁すしかない。

Enemies, A Love Story

Enemies, A Love Story

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[☆☆☆☆] ホロコーストの問題を採りあげた小説というと、読む前から深刻な政治小説だろうと思いこみ、暗いイメージを抱いてしまうものだが、著者としては、そういう固定観念を打破したかったのではないか。たしかにいちおう、ここでも虐殺と迫害の歴史が語られ、結末も悲惨といえば悲惨なものだ。が一方、本書は時にスラップスティックといってもよいほど喜劇的な調子を帯びるのが特色である。なにしろ、主人公は風采の上がらないドジな中年男。それが艶福に恵まれ、重婚、三重婚と話が進展していくのだから、その背景に悲惨な史実があることもつい忘れてしまう。これは、序文で著者も述べているとおり、本書の登場人物が「ホロコーストだけでなく、自分自身の性格および運命の犠牲者でもある」からだ。ともあれ、主人公のドタバタぶりを楽しみながら、一気呵成に読めるのがなによりありがたい。そして読了後には、歴史に翻弄されることの悲しさもしっかり伝わってくる。ケッサクである。

 …先々週、Jenna Blum の "Those Who Save Us" について書いたとき、http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080517/p1 今まで読んだ数少ないナチス物、ホロコースト物の中で、まっ先に頭に浮かんだのが『朗読者』で、次に思い出したのが本書。ジェラルド・グリーンの『ホロコースト』のような「正統派ホロコースト小説」ではなく、ドタバタ喜劇の中に悲劇をうまく織りまぜている点が非常に斬新で、こんなアプローチなら、描かれている悲惨な事件は「さもありなん」と思えても、「想定内感覚」を超えて「小説として純粋に感動することが」できる。ネットで検索したら、この『敵、ある愛の物語』は昔、角川文庫から翻訳が出ていたが、既に絶版とのこと。アイザック・シンガーなんて、英文科の学生でもない限り、若い読者は知っているのだろうか。