ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alberto Moravia の "Contempt"

 Alberto Moravia の "Contempt" を読了。モラヴィアを読むのは3年ぶりだが、期待どおりオモロー!
 追記:本書は1963年に映画化され、翌年、日本でも「軽蔑」として公開されました。監督はジャン=リュック・ゴダール

Contempt (New York Review Books Classics)

Contempt (New York Review Books Classics)

[☆☆☆☆] いつもながら精緻を極めた心理小説で、かつドラマティック。ここにはモラヴィアに期待するものがすべてある。舞台はローマとカプリ島。主人公は若い脚本家で、ある日突然、最愛の妻が冷淡な態度をとりはじめる。貧しい生活に耐えているうちにようやく映画の仕事が舞いこんだ矢先、妻はなぜ急に愛情を失ったのか。男ができたのか。それとも、タイピストとのキスシーンを目撃されたのが原因か。疑心暗鬼に駆られて悶々と過ごす日々。やがて妻を問いつめると、自分を軽蔑しているがゆえに愛していないのだという返事。しかし軽蔑の理由は語ろうとしない。冒頭、妻が映画プロデューサーの車に乗りこむシーンからして、何か事件が起こりそうな予感でゾクゾクする。以後、時々刻々と変化する主人公の心理が克明に綴られ、そのサスペンスフルな筆致は時に喉の渇きを覚えるほど。一方、心理の変化は行動を生み、雨のアッピア街道における夫と妻の「対決」シーンなど映画を観ているかのようだ。後半、プロデューサーの別荘があるカプリ島に舞台が移ると、有名な観光地だけに美しい風景描写が混じり、依然として精妙な心理表現が続くなか、二人の緊張が一気に高まる事件が起こる。その緩急自在の展開がじつに見事だ。軽蔑の理由は暗示こそされるものの、最後まで明確にされない。が、それがかえって全編に異様な不条理感を与えており、この「愛の不条理」が本書のテーマなのでは、という気がする。英語は平明で読みやすい。

 …ぼくは海外の純文学に凝りはじめてから3年前まで、毎年夏になるとモラヴィアを英訳で読んでいた。それが諸般の事情でしばらく遠ざかっていたのだが、先週、ヨーロッパの香りがする Abha Dawesar の "That Summer in Paris" を読んでいるうちに、その「繊細なタッチでつむぎだされる心理の糸」から、そう言えば…と、このイタリアの巨匠を思い出した次第。
 『軽蔑』は彼の代表作の一つだが、今まで邦訳も含めて未読だった。中学生のころ、田舎の本屋で角川文庫版を見かけたのがモラヴィアの存在を知ったきっかけで、たしか表紙に彼の肖像写真があしらわれていたと記憶する。その顔と『軽蔑』というタイトルが妙に印象的で、結局そのとき買い求めはしなかったものの、なぜかずっと気になっていた。従って、今日でようやく長年の宿題の一つを片づけたことになり、感無量だ。
 ぼくが今まで読んだモラヴィアの作品は、"The Time of Indifference"(49), "Two Adolescents"(50), "The Conformist"(51), "Boredom"(60) http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080108/p1 , "1934"(82) であり、この "Contempt"(54) で6冊目。どれも非常に面白いが、いちばん強烈な印象を受けたのは、"Contempt" と同じく、アンデルセンの『即興詩人』で有名なカプリ島が舞台の "1934" である。青年が二人のそっくりの女に恋をするミステリ・タッチの物語だが、季節といい舞台といい、絶好の緑陰図書だと思う。

1934

1934

 が、もし一冊だけ再読するとすれば、ベルナルド・ベルトルッチ監督の映画『暗殺の森』の原作 "The Conformist" かもしれない。ああ面白い、というだけで読み飛ばしてしまったので、もう少し分析的に考え直してみたいからだ。
The Conformist (Italia)

The Conformist (Italia)

 昔、BSで観た映画のほうは、ぼくの大好きな女優ドミニク・サンダが出てくるのでDVDを買いたいところだが、ちと高すぎる。どうせ高いのなら、いずれブルーレイ版が出るのを気長に待つとしよう。
[rakuten:mammoth-video:10002948:detail]
 …つい脱線してしまったが、"Contempt" に話を戻すと、これは一種のスリラーとしても読めるのではないか。ある日突然、妻なり夫なりが冷たくなる。理由はなぜか分からない。問いつめると、あんたやおまえを軽蔑していると言う。その理由も分からない。好きな本ばかり読んでいて、家庭のことなどろくに顧みないぼくの場合、逆に身に覚えがありすぎて、あんたなんか最低!と言われた日には冷や汗が出てしまいそうだ。
 ともあれ、手元にあるモラヴィアの作品ではまだ、"The Woman of Rome" を読み残している。来年の夏が楽しみだ。