ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ron Rash の "The World Made Straight"(3)

 "The World Made Straight" における歴史問題とは、一昨日のレビューにも書いたように、南北戦争の際に北軍が行なった虐殺のことだ。「あとがき」によれば、本書に出てくる The Shelton Laurel Massacre は実際にあった事件なのだそうだが、今さらぼくなどが指摘するまでもなく、北軍の兵士が南部の数多くの一般市民を虐殺したことは史実として残っている。
 南北戦争がらみの小説で記憶に新しいのは Geraldine Brooks の "March" だが、あのピューリッツァー賞受賞作にはかなり不満があった。「奴隷を解放するための戦争は是か非か? ブルックスはそういう倫理の問題を素通りし、ただもう情緒的に悲惨な奴隷の生活を描き、これまた情緒的に戦争の悲劇を訴えるだけ」だったからだ。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20071122/p1
 それに較べ、Ron Rash はお涙頂戴式のアプローチを避けており、そのぶん好感が持てる。そもそも歴史問題はこの小説のテーマではなく、主人公の少年と親代わりの元教師のあいだに虐殺事件が影を落としているに過ぎない。そういう背景としての扱いゆえに、感情過多にならずに済んだのかもしれない。
 従って、ぼくの覚える不満は「ないものねだり」になってしまうのだが、それを承知であえて言えば、奴隷解放戦争における虐殺とは非常に重要な問題である。せめて、それはなぜ起きたのかということくらい、主筋を混乱させない程度に書いて欲しかった。
 さらに突っこんで、その問題にはどんな人間の本質が見え隠れしているか、という点までふれるとなると、青春小説の主題よりかえって重くなってしまう。さすがにそこまで要求はしないけれど、とにかく倫理の問題にかかわる素材を提供しておきながら、提示だけで終わってしまうことがぼくには不満なのだ。
 …長くなったので、今日はこれでおしまい。