ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ron Rash の "The World Made Straight"(結び)

 今月7日に出たばかりの Ron Rash の新刊 "Serena" は、米アマゾンではなかなか好評らしい。しかも同書のページには、作者のエッセーと顔写真まで載っている。"The World Made Straight" でアレックス賞を受賞した Rash は、メインストリームの作家としての道を着実に歩みはじめたようである。

Serena: A Novel

Serena: A Novel

 2作目の "Saints at the River" は未読だが、処女作の "One Foot in Eden" と、今回読んだ "The World Made Straight" から判断する限り、Ron Rash は「過去と現在を結ぶ家族の絆」に関心があるようだ。前者は圧倒的なストーリー展開に優れ、しかも読後の余韻も忘れがたい。後者は人物造型に進歩のあとがうかがえる。"Serena" ではどんな新境地を見せているのか、ペイパーバックを楽しみに待っていよう。
 あえて注文をつければ、昨日も書いたように、「倫理の問題にかかわる素材を提供しておきながら、提示だけで終わってしまうこと」だけはやめてもらいたい。…などと東洋の片隅で、泡沫ブログの素人レビュアーが意見を述べてもまったく意味がないが、これはぼくにとっては、小説の評価基準にかかわる重要なポイントのひとつなのだ。
 "The World Made Straight" には、南北戦争の際、北軍の兵士が一般市民を虐殺した事件が出てくる。では、奴隷を解放しようとする戦争で、なぜ虐殺が起きたのか。これほど重大な問題を素通りしてしまうとは、作家として本質的に何か欠けているのではないか、という気がしてならない。
 つい最近、次の本の新刊ニュースがアマゾンから送られてきた。
Facing Unpleasant Facts: Narrative Essays (Complete Works of George Orwell)

Facing Unpleasant Facts: Narrative Essays (Complete Works of George Orwell)

 ぼくはふだん、新刊ニュースなど見向きもしないのだが、オーウェルなら話は別である。彼の評論集はペンギン版で入手しており、少しだけ読んだこともある。「不快な事実を直視」とはまさに、オーウェルの根本思想を要約した言葉であり、スペイン内戦にまつわるこの「物語風エッセー集」には、さぞ「不都合な真実」がたくさん示されているものと想像する。
 奴隷解放戦争とは、言い換えれば、人を自由にするために人を殺さねばならなかった、という「不都合な真実」を意味している。その戦争で虐殺が起きた原因には、どのような苦い真実が隠されているのだろうか。不勉強のぼくは最近、そういうテーマの小説に出くわしたことがない。
 たしかメルヴィルの『マーディー』にそんな話が出てきたけれど…いや、今日はもうやめよう。今日どころか、いくら時間があっても足りない問題に首を突っこんでしまった。ぼくのように、重大な問題を入り口だけで粗雑に扱う「レビュアー」が、いちばん罪が重いかもしれない。
 …ここまで書いたあと、"The World Made Straight" の巻頭を見たら、なんと『モウビィ・ディック』の引用が載っていた。「作家として本質的に何か欠けている」云々は訂正。Ron Rash の成長を見守ることにしよう。