ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Moby-Dick" と「闇の力」(1)

 William Maxwell の "The Chateau" は少し面白くなってきたところだが、読了までまだしばらく時間がかかるので、今日は昨日の続きで、メルヴィルを手がかりに「闇の力」について考えてみたい。
 といっても、大風呂敷を広げないよう、話を "Moby-Dick" に絞ることにする。さりとて、今からあの大作を翻訳でさえ読み返す時間はないので、記憶を頼りに論点を整理していくしかない。
 まず、"Moby Dick" を読んだことのある人なら誰でもいだく疑問だが、あの白い鯨はいったい何を意味しているのか。これに関してはまさに諸説紛々で、ぼくもその昔、何冊か研究書をかじったものだが、不勉強のため、完全に納得できる解釈には出会ったことがない。
 この疑問に答える前にまず、いくつか確認しておきたい点がある。
  1.エイハブ船長は、白鯨をいわば根元的な悪の存在と見なしている。
  2.それゆえ、エイハブにとって白鯨を仕留めることは悪の根絶である。
  3.エイハブは、ピークォド号の乗組員たちにとってカリスマ的な存在である。
  4.エイハブは白鯨を仕留めようとして、乗組員ともども海の藻屑となってしまう。
  5.ただ一人生き残った乗員イシュメールは、白鯨の白さにいろいろな意味を見いだしている。
 かなり図式的だが、ざっとこんなところが「基礎知識」と言えるだろう。このうち5番目に関しては、第42章「鯨の白さ」の中でイシュメールが、ああでもあり、こうでもあり、とすこぶる饒舌にその意味を説明したのち、このように述べている。
 それにしても、われわれはまだ白の呪術を解明していないし、なぜ白がわれわれの魂にこれほどつよく訴えかけるかについても知らない。そのうえ、さらに不可思議、さらに不吉なことに――すでに見てきたように、白は精神的なもののいちばん意味ぶかい象徴であり、いや、キリスト教の神のヴェールそのものでありながら、同時に、人類にとっていちばん恐怖すべきものを象徴する強烈な符丁なのである。(八木敏雄訳)
 ちなみに、この一節は、先々週読んだ Ron Rash の "The World Made Straight" の巻頭でも引用されており、白鯨の謎を解く上で最大の鍵になる箇所である。(続く)