昨日はかなり辛口の感想になってしまったけれど、いくつかセールスポイントもないわけではない。
何より共感を覚えるのは、「主人公が運転手として富裕層に接することで感じた願望、羨望、欲望の数々」。インドの社会が実際はどんなものなのか、ぼくには見当もつかないけれど、本書で描かれた主人公の感情にリアリティーがあることだけは確かだ。
たとえば、颯爽とした身なりをしたい、いい酒を飲みたい、あるいは、金髪女を抱きたいという衝動。ほかにも、気まぐれな雇い主の妻に翻弄されたり性欲を感じたり、とにかくこっけいでもあり哀れでもあり、それでいて、したたかに生きる力も身につけている。そんな主人公の姿に魅了される。
同じ下層民同士なのに、足の引っ張り合いがあったり嫉妬が渦巻いていたり、というのも大いにうなずける話だし、開幕早々、母親の火葬のシーンひとつ取ってもリアルそのもの。それゆえ、「ひとひとつのエピソードはけっこう面白い」。その面白さはいろいろあるが、特徴的なのは、ファース(笑劇)、それも悲喜こもごも、真情のこもったファースの要素が見られる点だろう。
そのファースを通じて間接的に、「カースト制の打破が不可能というメッセージ」も読み取れる。下手な政治小説の場合、技法は二の次三の次、正しいことを訴えさえすれば能事足れり、と開き直ったものや、論理はさておき、感傷的な勧善懲悪に終始するものなど読むに耐えないが、本書のような「間接話法」だと何の抵抗もない。
終幕で「一気にサスペンスが高まり、クライム・ストーリーとしても読ませる」ことも長所のひとつ。終わってみれば、貧民が富豪に成り上がるという「不可能を可能にした物語」で、痛快とまでは言わないが、ニヤニヤしながら読む人も多いのではないだろうか。