ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Sunrise" 雑感(3)

 知り合いの女史に、最近何か面白い本はないかと尋ねられた。このところ、よんどころない事情で物理的時間も精神的余裕もなく、落ち着いて本が読めないぼくは返答に窮したが、さらに女史いわく、「あなたは日本人なのに、なぜ英語の本ばかり読んでいるのか」
 ぼくは漱石小林秀雄の例を挙げ、日本には晩年、日本文化に回帰する文人が多いが、自分はまだ晩年ではないので…と、文人でもないのに妙な理屈をこねてその場をしのいだが、考えてみれば、「わかれ道またまちがへて老ひの冬」と拙句を詠んだばかり。心はとうの昔に晩年である。
 そのせいか、電車の中で読んでいる Karen Kingsbury の "Sunrise" で養老院のシーンが出てきたときは、思わず胸の中にこみ上げるものがあった。クリスマスに Baxter 家の人々がボランティア活動で訪れたとき、幼い少年の姿を目にした老人が涙を流す。ただそれだけの話だが、じつはぼくにも田舎で不自由な生活を強いられている父がいて、昨夏、母ともども見舞いに行ったとき、少し似たような出来事があった。
 この本にはたぶん、ほかの人が読めば、ぼくと同じように自分の経験を思い出し、ぐっとくるようなエピソードがたくさんあるような気がする。そのエピソード自体、「安心して読めるが、お決まりの話」ではないかと思う反面、そこに胸を打つものがあることもたしかだ。巻末の著作リストを見ただけでも、キングズベリー人気のすごさはうかがい知れる。これほどいろんなシリーズ物を書いている作家はそうざらにはいない。その人気の秘密はやはり、「そこに胸を打つものがある」ということなのだろう。