ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“The Secret Scripture” 雑感(1)

 08年のコスタ賞最優秀作品賞を取った Sebastian Barry の "The Secret Scripture" が手元に届いたので、さっそく読みはじめたが、今のところなかなか快調で好感が持てる。30年以上も精神病院に入院している老婦人の手記を中心に、婦人の様子や妻のことを綴った精神科医の記録が混じるというスタイル。もうすぐ百歳の誕生日を迎える老婦人だが、頭はしっかりしていて、アイルランド内戦や孤児院の火事など、娘時代の回想に出てくる事件が生々しい。
 一方、精神科医は老婦人が入院した経緯に関心を持っている。が、婦人は精神科医の質問を軽く受け流す。まだ人物関係が少ししか紹介されていない段階なので何とも言えないが、どうやら婦人の過去には重大な秘密が隠されているらしい。それが回想を通じて次第に明らかにされ、そこに精神科医が何らかの形でかかわってくるだろう。
 ざっとそんな展開になりそうだが、構成的にはよくあるタイプの小説で、べつに目新しいものではない。問題は、やがて明らかにされる秘密の内容だ。それ次第で本書が文学作品としてどれだけ優れているか決まるような気がする。文芸エンタメ系の場合、なるほどそうだったのか!面白い!でも、それにどんな意味があるの?というパターンになりがちだが、ぼくとしては、人生の真実、それもできれば苦い真実を思い知らされるような秘密であって欲しい。ただ、そういう願いは、現代の作品ではめったに叶えられることがない。
 本書は昨年のブッカー賞の候補作でもあったので、同じく候補作だった "A Fraction of the Whole" や "Netherland"、そして同賞受賞作の "The White Tiger" が当初、どんな展開だったかを思い出してみた。今まで読んだ範囲で言えば、ストーリー性では "A Fraction..."、"The White Tiger" に続いて本書は3番目の出来。読者に自分の人生をふりかえらせるという点では、同じ分量を読んだ時点で早くも "Netherland" が抜きん出ていたが、あとは似たり寄ったりで、主題はまだどれも鮮明ではなかったように思う。ともかく、今後の展開に期待しよう。