ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Roberto Bolano の "2666"(1)

 やっとのことでロベルト・ボラーニョの "2666"(2004)を読みおえた。2月18日から10回にわたって連載してきた雑感のまとめに過ぎないが、とりあえずレビューを書いておこう。

2666 (1,2,3)

2666 (1,2,3)

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[☆☆☆☆★★] ひとつぶで5つの味が楽しめる「総合小説」。さまざまな人間模様の総絵巻が繰りひろげられ、人生の各局面、人間の諸要素がありのままに、理屈ぬきに提示される。いわば人間の自然状態をそっくり眺められる大伽藍である。第1部では、謎のドイツ人ノーベル賞候補作家に関心をいだく英伊西、四人の学者が織りなす複雑微妙な心理の綾が読みどころ。意外にメロドラマ性がつよく、技法的にもふつうのリアリズムだが、学者たちが新しい人物と出会うたびに新たな物語が生まれ、視点が目まぐるしく変化。シュールな夢の話も混じるなど、劇中劇につぐ劇中劇となっている。終幕で真の愛に目ざめた女性学者と、女にふられた男たちのリリシズムが胸をうつ。第2部では、すでにあったマジック・リアリズムの傾向が前面に出てくる。主人公はメキシコのサンタテレサの学者で、この学者、なぜか洗濯物の張り綱に幾何の本をつるしている。本が風にゆれると同時に現実もゆらぎ、闇夜にひびく亡き祖父の声が夢の話とともに現実を浸食する。第3部はアメリカの黒人記者が主人公。母を亡くしたばかりの記者はさまざまな人物と出会い、第1部同様、視点がたびたび変化してモザイクのように人生の断片が示される。記者がときおり見せる感傷もふくめ、生きた人間の姿がじつに生々しい。サンタテレサで行なわれたボクシングの試合前の模様も面白いが、白眉は非現実の様相も呈する試合後のラヴストーリー。第4部はサンタテレサで起きた連続殺人事件が中心。おびただしい数の女性がつぎつぎに惨殺される。その真相もさることながら、事件を捜査する警部や警官、事件を「心の目で見る」女占い師、事件の鍵を握る女性国会議員などが登場するたびに視点も変わり、縦糸たる主筋にいり混じる横糸の挿話が面白い。そのダイグレッションを楽しんでいるうちに、ジグソーパズルでも解くように真相が見えてくる構成もみごと。第5部に入ると、第1部では正体不明のままだった有名作家の生涯が少年時代から綴られる。これまで同様、出会った人物の人生も紹介されるが、前半ではそれぞれの体験を通じて、ロシア革命後の内戦から第二次大戦直後にいたるドイツ、ロシアの現代史が浮かびあがる。血の粛清やユダヤ人の虐殺などがSFもふくめた劇中劇として描かれ、作家自身の物語もまさに大河ドラマそのもの。本書全体のハイライトといっても過言ではない。作家が創作を開始する後半は、偶然の出会いを利用したメロドラマに近い要素があり、妻や出版社の社長夫人と一緒に過ごすシーンなど、時に溜息が出るほどロマンティック。書中、スタンダールのような伝統的スタイルの小説に最も近づいたくだりである。作家の妹が登場する終幕は、第4部の連続殺人事件もふくめ、いままでの諸要素を一気にまとめようとしたのか、粗筋を走り書きしているような感じで詰めが甘い。が、最後の一節にあるとおり、人間性を鋭い感覚でとらえ、解説を加えずありのままに提示し、多くの人生の移り変わりをあますことなく伝えようとした点で、本書の価値は少しも減じるものではない。傑作である。