これは本質的には「文芸エンタメ系」のノリであり、戦争という根本問題について読者の蒙をひらくような作品ではない。が、作者はもともと映画脚本家らしく、ストーリー展開も場面づくりも非常に巧妙で、たしかに映画でも観ているようにぐんぐん引きこまれてしまう。旧ソ連を舞台にした英米の小説を読むのは、ここ2、3年では、James Meek の "The People's Act of Love" と Martin Amis の "House of Meetings" に次いで3冊目だが、http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080205/p1 その中では本書が抜群に面白い。
"The People's Act of Love" にもカニバリズムの話が出てきたので、少年が人肉売りの男と出会うくだりを読んでもべつに驚きはしなかったが、たとえ想定内のエピソードの連続であっても、そのつなぎ方がうまいし、どれも絵になる場面になっている。立ったまま死んでいる兵士、地雷を装着された犬、ドイツ兵相手に春を売る女たち…どの話も意外ではないがクイクイ読ませる。
「想定内の場面」と書いたが、少年がドイツ軍将校とチェスをするくだりだけは驚いた。というか、本当に息が詰まりそうになり、ページをめくるのももどかしかった。ふと、大昔読んだロバート・リテルの『ルウィンターの亡命』を思い出したが、あれは全編をチェスの対局に見立てたスパイ小説で、たしか白熱したゲームそのものの描写はなかったのではないか。そう言えば、007映画の『ロシアから愛をこめて』にもチェスの場面があったっけ…でも、こちらのほうがずっとハラハラさせられる。
で、「そのあとさらに大きな山場が待っている」わけだが、これはネタをばらさないほうがいいだろう。少年と脱走兵、少年とパルチザンの娘とのからみも、どこかで見たり読んだりしたような気はするものの、だからといって興ざめはしなかった。結末にはニヤッとさせられるし、全体としても「うぶな少年が否応なく大人へと成長せざるをえなくなった冒険物語」。まさしくアレックス賞にふさわしい作品である。