ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Sea of Poppies" 雑感(2)

 今日は夕食までに第2部をかなり読み進んだ。ぼくは1日50ページをノルマにしているので、その倍以上こなせたのがうれしい。しかも、この本の英語はちょっとヘンで、There's a paltan of mems who'd give their last anna to be in your jooties. なんていう表現がしばしば出てくる。一種のピジン英語で、ベンガル語か何かが混じったものだが、最初は少し戸惑ったものの、今ではあっさり理解できるようになった。
 よくペイパーバック入門か何か語学関係の本で、分からない単語は適当に飛ばして読め、と書いてあるのを目にするが、ぼくに言わせれば、あれはウソ。どんな単語でも正確に理解することがまず基本だと思う。だから辞書は引くにかぎる。何度も引いているうちに、その単語の使い方が分かってくる。ぼくは若いころ、ペイパーバックを50冊くらい読んで知らなかった単語はすべてノートに書きとめ、それをひたすら暗記した。そのときの努力は、ボケの激しい今でもとても役に立っている。
 そんなぼくにとって、知らない単語が頻出する本書は当初、かなりストレスになったが、何しろピジン英語なので辞書を引いても仕方がない。作中人物が、その単語はどういう意味だと相手に聞き返しているくらいなのだ。諦めておおよその意味を推測しながら読むようにしている。
 この第2部では、第1部よりもストーリー展開のテンポがかなり早くなっている。主な人物の紹介が終わり、それぞれの人物が新しい事件を与えられて活発に動きはじめたからだ。逮捕された地主は裁判で有罪宣告を受け、貴族の身分を剥奪、屈辱的な目にあう。火葬にされかけた女は男と逃亡、やがて二人は貿易商のもとで coolie になる。一方、貿易商に引き取られたフランス娘は、地主を裁いた判事に見そめられるも、アメリカ人の航海士に心を惹かれ…。つまり、各人物が次第に緊密な結びつきを見せはじめるわけだが、まだまだ劇的な展開とまでは行かない。流れが速まるも大河には変わらず、といったところだが、いつのまにか夢中になっているのがフシギ。どうやらこのあたりに本書の技術的ポイントがありそうだ。
 そろそろ主題についても考えなければならない。地主と貿易商の会話、裁判の模様などから、イギリスの帝国主義や植民地政策の欺瞞が読みとれるが、今さらその告発でもないだろうし…。これまた物語の展開同様、気長に付き合うしかないようだ。