ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Steven Galloway の "The Cellist of Sarajevo"(1)

 多忙な毎日だが、仕事の合間を縫って何とか読みおえた。さっそく今まで2回の雑感をレビューにまとめておこう。

[☆☆☆★★★] 戦争で街が破壊され、人びとの心もすさむなか、どうすれば人間として積極的に生きられるのだろうか。舞台はボスニア・ヘルツェゴビナ紛争中、セルビア人勢力に包囲されたサラエボの街。砲撃で多数の市民が死亡した現場でチェロ奏者が毎日、事件発生と同じ時刻にアルビノーニアダージョを弾きはじめる。その意味や意図は直接的には示されないが、演奏を聴いた女の名狙撃手とふたりの市民の心に、ある変化が生じる。本書はその変化の過程と結果を描いたものだ。途中は不安と緊張の連続で、市民たちはつねに砲撃や狙撃の危険にさらされている。平和な時代の思い出や別れた家族の話、耐乏生活の実態などが語られるうち、突然、死の恐怖が襲ってくる。一方、チェロ奏者の警護を命じられた女狙撃手は敵の狙撃兵と対峙、一気にサスペンスが高まる。死に直面した彼らの行動や心理はすこぶる現実的で、だれもが自分の身の安全を最優先に考える。が、他人の存在をまったく無視するわけには行かず、戦争における個人的良心の問題が次第に浮上。こうした緊張や葛藤は戦争小説の定石だが、力強く歯切れのいい文体のおかげでかなり読ませる。ここで示された人間らしい生きかたには楽観も混じっているが、希望がなければ戦争で生きのこれないことも確かだろう。なにより、ひととしての誇りをうしなうまいとする姿が感動的な佳篇である。