ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hannah Tinti の "The Good Thief"(2)

 雑感(1)にも書いたとおり、今年のアレックス賞の受賞作を読んだのはこれで3冊目。独断と偏見でランキングをつけると、"Mudbound"(Hillary Jordan)、"City of Thieves"(David Benioff)、そして本書の順に面白い。一般には "City of Thieves" の評判がいいようで、今週もニューヨーク・タイムズのベストセラー・リスト入りを果たしている。
 この "The Good Thief" はとにかく展開が読めなかった。そういう意味では「スリル満点で大いに楽しめる」のだが、不満もなくはない。ひとつには、事件が「次から次に目まぐるしく起こる」のはいいとして、その過程で人物をちょっと動かしすぎているのではないか。典型例は、墓から掘り出されたあと息を吹き返した大男。せっかく主人公の少年と友人になったのだから、もっとじっくり主筋に参加させて欲しかった。
 逆に、少年の出生の秘密が明かされる主筋のほうは「やや強引にまとめすぎ」で、実はこれこれしかじか、という説明が多すぎる。いや、種明かしはべつにかまわないのだが、それならそれでもっと伏線を張るべきではないだろうか。伏線が足りないぶん、なるほど、そうだったのか!という驚きも少ないのが残念。 
 さらに本質的なことを言えば、これを読んでいて思い出した本がある。中学生のころ、ジュニア版で読んだ『オリバー・ツイスト』だ。恥ずかしながら原書は読んだことがないので、新潮世界文学辞典から引用すると、「養育院で育った孤児オリヴァーがロンドンへ出て、盗賊団の手中に陥り、種々辛苦をなめるが…正義感と隣人愛にあふれ、痛烈な社会改良の主張に迫力がある」。
 この記述が正しければ、本書との差は一目瞭然だろう。つまり本書の場合、「まったく先の読めない冒険物語」で「大いに楽しめる」ことは間違いないのだが、要はそれだけなのだ。出生の秘密を聞かされても、はい、そうですか、としか思えない。その秘密が解くに値する謎、それを解くことによって何らかの人生の真実が示される謎ではないからだ。 しかも、こういう少年冒険小説では、「少年がいろいろな冒険を通じて成長するというお決まりの通過儀礼」があるはずなのに、それも見当たらない。さりとて、この定石を破って新機軸を打ち出したわけでもない。これではますます、ただ事件が連続するだけと言わざるをえない。
 …とまあ、ずいぶんケチをつけてしまったけれど、終幕寸前まで、この先どうなることかとハラハラドキドキ、スリルを楽しみながら読んだことも事実。文芸エンタメ路線のちょっとした佳作といったところだろう。