ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Strout の "Olive Kitteridge"(2)

 雑感(2)でもふれたように、過去5年間のピューリッツァー賞受賞作の中では、05年の "Gilead" (Marilynne Robinson) 以来、久しぶりに本当にいい作品が選ばれたなという気がする。一般には去年の "The Brief Wondrous Life of Oscar Wao" (Junot Diaz) の評判がよく、今週もニューヨーク・タイムズのベストセラー第20位(Trade Paperback 部門)。たしかにストーリー性は抜群で、文字どおり波瀾万丈の展開であり、ずっと売れ続けているのもしごく当然なのだが、去年の全米書評家(批評家)協会賞の受賞前にも書いたとおり、「"The Inheritance of Loss" や "Gilead" のように人間の内面を深く掘り下げた作品」と較べると「いささか見劣りがする」。この評価を今でも変えるつもりはない。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080227/p1
 一方、"Gilead" や本書は地味な作品である。"Gilead" には「サスペンスに満ちた派手な展開はいっさいない」し、この "Olive Kitteridge" にしても、ストーリーで読ませる短編はひとつもないのではないか。だが、前者で描かれた老牧師の幼い息子を思う気持ちには、冒頭の数行をちょっと拾い読みしただけでも胸をえぐられる。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20080224/p1
 本書の場合、連作短編集ということで、正直言って波長の合わない話も二、三あったが、「どの人物の言葉や行動にも深く凝縮された感情が流れ」ていることは間違いなく、その「心のひだを細かく織りなしていくような筆致」には思わず溜息をついてしまう。ぼくは単なる海外文学ミーハー、洋書オタクに過ぎないので、ストーリー性豊かな作品も人生しみじみ系の小説も大好きだが、もともとネクラなせいか、どちらかひとつ選ぶとなると後者のほうにまず手が伸びる。
 もちろん、本書は人生の根本問題を深く追求するタイプの作品ではない。だが、ここに描かれているような「人生の悲哀と苦悩、ストイックな感情、ほとばしる激情」はまさしく生きた人間の心の底にあるものだし、Olive Kitteridge という剛直にして繊細な老婦人の胸中に渦巻くさまざまな葛藤となると、これはもう小説という手段によってしか表現しえないものだろう。その意味で本書は芸術的にとても見事な作品である。