昨日の雑感に書いたように、去年のブッカー賞最終候補作で唯一読みのこしていた Philip Hensher の "The Northern Clemency" をようやく読了したので、例によって今までの雑感をもとにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★] シェフィールドに住む5人家族と、ロンドンから引っ越してきた4人家族の足かけ20年にわたるファミリー・サーガ。といっても、物語全体を支配するようなテーマや求心力を発揮する主筋はなく、合わせて9本の副筋が交錯し、9人がさまざまな人物と出会うことによってさらに物語の輪が広がるという遠心力が働いている。むろん筋によって大小の差はあり、妻の不倫、親子の反目、少年の性的体験などは、それぞれの過去と現在を結ぶ心理の糸として主筋に近い要素と言える。が、第1部の町内親睦会に始まり、第2部では転校生の不安、第2.5部では同居人の自殺、第3部では炭坑スト、第4部では病に倒れた親の看護といったように、各時代に各人の人生を象徴する事件が起こり、ほかにも数え切れないほどのエピソードが入り混じり、しかもそれぞれ独自の断片として存在を主張。ユーモラスでコミカルなタッチもあれば、しみじみとした情感を漂わせたり、突然情事やアクションが始まったり、味わいも多種多様。夫婦や親子、子供たち、恋人、友人、隣人など、家族から広がる人の輪が一大狂騒劇を生みだしている。ときに冗漫と思えるほど饒舌な文体と悠々たる展開で、人生の重大な問題を追求するタイプの作品ではないが、日常生活はこれだけ無数の劇をはらむものだったのかと感心した。英語も内容に比例して回りくどい表現が多く、難解とまでは言わないが上級者向きである。