ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Penelope Fitzgerald の "The Gate of Angels"

 職場が「農繁期」のため、休日といえども「自宅残業」。そこで例によって昔のレビューでお茶を濁しておこう。

The Gate of Angels

The Gate of Angels

[☆☆☆★★★] ペネロピ・フィッツジェラルドといえば、70年代の諸作に関する限り、物語の進行が緩慢で登場人物も地味、とにかく水墨画のような小説を書く作家という印象が強かったが、今回、90年度のブッカー賞にノミネートされた本書を読んでみると、話の流れがスムーズで、各人物もけっこう身軽に動いているのに驚いた。主人公は、牧師の息子ながら信仰を捨て、大学で物理を教えている青年講師。それが偶然、生まれも育ちも違う若い娘に出会って恋をする…何だか結末が見えているような設定だが、さすがフィッツジェラルド、ストレートな展開は中盤までほとんどなく、むしろ、神学や哲学、科学をめぐる議論など、寄り道ばかりしているような印象を受ける。しかし、後半はけっこうサスペンスがあって面白く、しかも、最後の一行がとてもいい。極論すれば、この一行を導くために、いろいろな「脱線」があったのではないか。前述のとおり、渋い作風でスタートしたフィッツジェラルドだが、本書は芳醇な香りを放つワインのような仕上がりで、彼女の熟成を如実に物語っている。英語としては、難易度の高い語句も散見されるが、全体的に読みやすいほうだろう。彼女が本書の後、佳品『青い花』を経て他界したのは本当に残念だ。合掌。