これは読めば読むほど味のある小説だ。初めのうちこそ、自己破産して妻子と別れた男の内的独白が散漫に続くように思えたのだが、中断ののち改めてじっくり取り組んでみると、ぼんやり読んでいたときには気づかなかった本書の美点が見えてきた。それをひとことで言えば、凝縮された感情の美学、だろうか。
昨日と同じく、今日読んだ箇所でも男は日常的な活動に従事する。大工仲間との喧嘩という文字どおりのアクション・シーンもふくめ、いかにも一文無しの孤独な男が送りそうな一日の風景が続く。が、どの場面でも、男の言葉や行動のはしばしから抑制された感情が伝わってくる。たとえば男がバーでギターを弾きながら自作のブルースを歌うくだり。ここにはやはり「魂の慟哭」が読みとれるが、それが歌に託されて表現されるだけに胸を打つ。
黒人なのに白人の学校に通わされて挫折。幼いころから才気煥発で将来を嘱望されながら、また、大学で詩を教えたこともあるインテリなのに、今や日雇い労働の毎日で社会からドロップアウト。そんな男の経歴が断片的に示され、タイトルどおり "Man Gone Down" の物語なのだが、そういう設定から想像されるほどには暗くない。そこに「凝縮された感情の美学」があるからだ。
別れた妻子への思いはひしひしと伝わってくる。落ちぶれた自分への嘆きも感じとれる。だが、男は感傷に溺れず、節度を保ちながら、元の生活への復帰を夢見て活動しつづけている。その姿がパワフルな文体で描かれ、緊迫した、あるいは感動的なシーンが深い内省と交互する。それゆえ、「これは読めば読むほど味のある小説」なのである。