ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"Man Gone Down" 雑感(5)

 やっと読みおえた! 今は感動に打ち震えているところ…というわけでもないが、大げさに言えば、これは現代文学、少なくとも英米文学におけるひとつの方向を端的に示した作品のような気がする。とはいえ、今日は大風呂敷を広げる余裕も、いつものようにレビューを書く時間もないので、今までの雑感で書き洩らしている点をいくつか整理しておこう。
 まず、昨日は本書のセールスポイントが「凝縮された感情の美学」にあると述べたが、その最たる例として、ここには日常的な風景描写が散文詩の高みにまで昇華されている箇所がかなり多い。主人公は詩の才能に恵まれ、大学で詩を教えていたこともあるという設定だが、たしかに彼は街の風景を繊細かつ鋭敏な感覚でとらえている。その詩的感覚が「凝縮された感情の美学」と大いに関係があることは言うまでもない。
 次に、これは何度かふれた点だが、音楽の使い方がうまい。マイルス・デイヴィスのほかにも、コルトレーンやアニマルズの曲、さらにはゴスペルなどがふと流れてきて、それが主人公の心情をさりげなく象徴している。たぶん作者もそんな音楽が好きだからこそ、それぞれの場面に応じた「選曲」ができるのだろう。
 詩と音楽のあとには深い思索が待っている。といっても、哲学的、観念的なものではなく、自己破産して妻子と別れた男の絶望、混乱、不安などが過去の不幸な、あるいは悲惨な体験を呼び起こすというもの。つまり「内なる彷徨」だが、これが始まると正直言って読むのはしんどい。が、それをしばらく我慢していると、たとえば今日読んだ箇所では賭けゴルフのような手に汗握るアクション・シーンがある。こういう思索とアクション、静と動のコントラストはじつに鮮やかで、これも本書の美点のひとつとして大いに賞賛したい。…ほかにもまだ気のついた点はあるが、今日はここまで。