ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Hay の "Late Nights on Air"(1)

 ギラー賞(The Scotiabank Giller Prize)2007年度受賞作、Elizabeth Hay の "Late Nights on Air" を読みおえた。これは見事な秀作だ! 年末に選ぶ予定の、今年の下半期ベスト3に間違いなく入ると思う。昨日の雑感と重なる部分も多いが、興奮のさめやらぬうちにレビューを書いておこう。

Late Nights on Air

Late Nights on Air

[☆☆☆☆★] 人は結局、永遠の思いを秘めたまま現実を生きるものなのか――読了後、しばし呆然としながらそんなことを考えた。これは純粋な感情が人生の現実にふれ、そこで傷つくことによってさらに結晶化する模様を描いた秀作である。75年夏、北緯60度を越えるカナダ辺境の小さな町。地元のラジオ支局を舞台に、支局長代理の中年男と二人の新人女性アナウンサー、青年技師などがそれぞれの思いを胸に接触、仕事上あるいは男女間の緊張が次第に高まっていく。彼らはいずれも過去から逃れ、新規まき直しを図ろうとしている人物で、ときおり混じる回想や昔話を通じて、それぞれの過去が断片的に浮かびあがり、そのつど陰影に富んだ横顔が見えてくる。とりわけ前半はさしたる事件も起こらないのに、現在の緊張関係と過去の回想がもたらす微妙な感情の揺れ動きだけで物語が進行、先の見えないサスペンスが静かにみなぎっている。やがて緊張のひとつは恋のもつれへと発展、激動の冬となる。そのあげく心の中に深い傷が生じるが、ここでも感情は抑制され、それがかえって胸を打つ。翌年の夏、人生を見つめながら極北の湖をカヌーでめぐる旅で大事件が起こるが、凝縮された悲しみが行間からにじみ出てくるようで涙を誘う。後日談もすばらしい。十年後に再会し、心の中で激しく揺れ動いた昔をふりかえる男と女。そこから生まれた喜びと悲しみは人生の結晶であり、「永遠の思いを秘めたまま現実を生きる」人間の姿を象徴して余すところがない。平明で読みやすい英語だが、内容にふさわしく緊密な文体で、余韻に満ちた表現が連続している。