ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

"The Archivist's Story" 雑感(1)

 積ん読の山をまた少しでも切り崩そうと、Travis Holland の "The Archivist's Story" に取りかかった。かなり前、あちらのリストマニアか何かで見かけて買った本だが、今年になって国際IMPACダブリン文学賞の候補作に選ばれ、ああやっぱり読まなくちゃと思っているうちに、同賞は周知のとおり Michael Thomas の "Man Gone Down" にさらわれてしまい http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20090728、今までつい機会を逃していた。
 読みはじめて気がついたのだが、これは時たま出くわす旧ソ連が舞台の小説だ。今年は David Benioff の "City of Thieves" に続いて2冊めで、あちらはエンタメ系のノリで抜群に面白かったが http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20090314、本書はシリアス系。そういう意味では、去年の2月に読んだ Martin Amis の "House of Meetings" 以来だが、あれはあまり印象に残っていない。
 1939年、第二次大戦前夜、スターリン圧制下のモスクワ。文書保管局…といっても、逮捕された作家や詩人たちの作品を保管、記録と照合のうえ、やがて破棄するのが仕事の役所に Pavel が勤めている。まだ少ししか読んでいないが、これはかなり陰翳に富んでいて面白い。なにしろ Pavel は文学好きなのにそんな職務についている。今も著名作家 Babel のファイルにあった未発表の短編を発見、その魅力に取り憑かれ、秘かに原稿を持ちだすが…。
 妻が最近死亡、子供はなく、父はとうに他界し、年老いた母もアルツ気味。大学で文学を教える友人との間には、Pavel の仕事が影を落としている。そういう私生活上のエピソードと文書保管局の話が交錯する。喪失感、不安、悲哀、ジレンマ…いろいろと複雑な感情が入り混じっているが、上の原稿の一件がとんでもない方向へと発展しそうだ。