ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

A. N. Wilson の "Winnie and Wolf" (1)

 07年のブッカー賞候補作で、ガーディアン紙の年間優秀作品にも選ばれた A. N. Wilson の "Winnie and Wolf" をやっと読みおえた。今までの雑感のまとめに過ぎないが、いつものようにレビューを書いておこう。なお、昨日の訂正をひとつ。最終章は「パルジファル」ではなく「神々の黄昏」だった。

Winnie and Wolf

Winnie and Wolf

[☆☆☆★] 看板にやや偽りあり。「ワーグナーの息子の妻ヴィニフレートとヒトラー」という意味のタイトルだが、一説によると愛人関係にあったらしい二人の「友情」はむしろ添え物で、実際は各章題が示すとおり、ワーグナーの主要な作品を背景に、19世紀後半から第二次大戦に至るまでのワーグナー家の歴史と、ワイマール体制下のドイツの混乱、ヴィニフレートやその子供たちに優しく接する人間ヒトラー像などが詳細に描かれる。ヴィニフレートに思いを寄せていた元秘書の回顧録という体裁だが、ヒトラーとヴィニフレート、そして元秘書一家にまつわる物語は本質的にメロドラマ。ここで作者は安易な筋立てを避け、上記のようにワーグナーの伝記や作品論、ドイツ現代史といった事実にもとづくマクロな視点を導入しながら、ヴィニフレートを通じて私的なヒトラー伝をフィクション化している。が、ナチスの台頭やヒトラーのカリスマぶりについてなど紋切り型の記述が目立ち、「マクロな視点を導入し」た成果は乏しい。一方、「人間ヒトラー像」のほうも想像の域を超えるものではなく常識的。創作の余地が大いにあるメロドラマ部分で「安易な筋立てを避け」たのも裏目に出てインパクトに欠ける。英語的には難易度の高い語彙、やや複雑な構文が頻出するので上級に入るだろう。