ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Wolf Hall” 雑感(3)

 中盤にさしかかったところで、やっと面白くなってきた! きっかけは、アン・ブリーンと結婚していたという貴族が登場、その主張を撤回させようと主人公のクロムウェルが圧力をかけるエピソード。ふむふむ、なあるほどね。本書が今年のブッカー賞に選ばれた理由は面倒くさいので調べていないが、こういう彼のしたたかな政治手腕の面白さがひとつの売りであることは間違いないだろう。と同時に、これは政治家トマス・クロムウェルにかかわる「最も本質的な問題」でもあると思う。
 いけない、先を急ぎすぎた。本質論の前に、本書が面白くなったほかの理由を挙げておくと、恥ずかしながらぼくの「教養度アップ」。森護の『英国王室史話』を併読することで、たとえばジェイン・シーモアやトマス・ハワードなどが初めて顔を出したとき、史実から判断して、作者がなぜ彼らをそこでそんな形で登場させたのか、といった創作意図が何となく読めるようになった。ニワカ勉強中のぼくでさえそうなのだから、当時の歴史に多少なりとも関心のある読者、とりわけイギリス人なら、最初からニヤニヤする箇所がずいぶんあるに違いない。雑感(1)では、「クロムウェルの時代の政治や社会情勢、英国王室の問題などがよく分かり、何の予備知識がなくても物語の世界にすっと入って行ける」と書いたが、これはやはり、ある程度予備知識があったほうがずっと楽しめる作品ですね。
 ヘンリー8世と王妃キャサリンの離婚、アン・ブリーンとの再婚をめぐる大騒動は不勉強のぼくでもさすがに知っていたけれど、せいぜい大昔の受験生時代のうろ憶え。ヘンリーからローマ法王庁との離婚折衝をまかされたのが、当時絶大な権力を誇っていた大法官トマス・ウールジで、ウールジは折衝に失敗して王とアンの不興を買い、失脚…なんていうことはちっとも知らなかった。でもこれ、本書を読むうえで最低知識のひとつです。
 その後、ウールジの庇護を受けていたクロムウェルが宮廷に出入りするようになり、ヘンリーやキャサリン、アン、その姉で王の元愛人メアリー、トマス・モアなど、立場の異なる要人のあいだを自在に動きまわり、ヘンリーとアンの結婚をお膳立てする、というのが本書の今までのストーリー。それがどこまで本当かは、『史話』にも載っていない話なのでよく分からないが、『史話』を正史とするなら、本書はいわば正史のすきまを埋めるもので、クロムウェルの目と耳を通じてヘンリーやアンの素顔、肉声がリアルに伝わってくる(ニワカ勉強の成果!)。そんな裏話、楽屋話の最たる例は、ヘンリーとアンが初めて関係を結んだことを、メアリーがクロムウェルに知らせるくだりだろう。
 このヘンリー8世、『史話』によるとムチャクチャもムチャクチャ、とんでもない王様もいたものだと呆れかえるが、その理不尽ぶりは "Wolf Hall" を読んでいてもよく分かる。ただ、ぼくが中盤までどうも乗れなかったのは、国王の専横、理不尽なんて昔からよくある話、何を今さら…という思いが強かったからだ。それに、裏話、楽屋話の楽しさも当初から気づいてはいたものの、それがノゾキ趣味とどこが違うのか、という点も引っかかっていた。
 …今日はえらく長い感想になってしまった。あとまだ100ページ以上も残っている。がんばらなくちゃ。