ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Hilary Mantel の “Wolf Hall”(1)

 今年のブッカー賞受賞作、Hilary Mantel の "Wolf Hall" をやっと読みおえた。今まで3回の雑感に毛が生えたものになりそうだが、いつものようにレビューを書いておこう。

Wolf Hall (The Wolf Hall Trilogy)

Wolf Hall (The Wolf Hall Trilogy)

  • 作者:Mantel, Hilary
  • 発売日: 2009/04/30
  • メディア: ハードカバー
[☆☆☆☆★] ヘンリー8世と王妃キャサリンの離婚、アン・ブリーンとの再婚という有名な大事件の顛末を描いた力作歴史小説。大法官トマス・ウールジがローマ法王庁との離婚折衝に失敗して失脚したあと、ウールジの庇護を受けていた主人公トマス・クロムウェルが宮廷に出仕、ヘンリーやキャサリン、アン、その姉で王の元愛人メアリー、さらにはトマス・モアなど、それぞれ立場の異なる要人のあいだを自在に動きまわり、持ち前の政治手腕を発揮してヘンリーとアンの結婚をお膳立てする。生まれは鍛冶屋の息子だったというこのクロムウェルの目と耳を通じてヘンリーの横暴、アンの傲慢ぶりなど、当時の王侯貴族や貴婦人たちの素顔や生態がリアルに描かれ、そのドタバタぶりが愉快な裏話、楽屋話に仕上がっている。と同時に、クロムウェルがウールジの失脚や妻子の病死など数々の苦難を乗りこえながら、卑しい身分から国王の絶大な信任を得るまでにのし上がるというサクセス・ストーリーでもある。狼どもの群がる宮廷にあって情報収集を心がけ、さまざまな策を弄して相手を意のままに操ろうとするトラブルシューター、金権政治クロムウェルの生きざまは非常に現代的で、この歴史小説に新鮮な命を吹きこんでいる。そんなしたたかな現実主義者クロムウェルと「信念の人」トマス・モアの対比も鮮やかだ。どちらが見事な生き方かという価値判断は示されないものの、少なくとも読者が考える材料にはなっている。なお、森護の『英国王室史話』などを併読すると本書の興味は倍増することだろう。