ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

J.M. Coetzee の "Summertime"(2)

 今年のブッカー賞発表直前のオッズによると本書は3番人気だったようだが、受賞した Hilary Mantel の "Wolf Hall" と較べるとたしかに分が悪い。過去栄冠に輝いたクッツェーの旧作、"Life and Times of Michael K" や "Disgrace" と較べても落ちるのではないか。
 ぼくはこれを読んでいて、どうやらクッツェー自身を描いた自伝小説らしいと分かったとき、ふと疑問に思ったことがある。よほどの三流作家でもないかぎり、自分の長所を並べたてるような書き方は絶対にしないはず。とすれば、逆に欠点を挙げていくしかないわけだが、しかしそれは当然予想のつく方向であり、「想定外」の深み、面白さを引き出すのは至難の業なのではないだろうか…。
 事実、作中人物のクッツェーが「不器用で哀れなピエロとして戯画的に」描かれれば描かれるほど、ぼくには、ああやっぱり、としか思えず、「外側の視点による内面の再構成、フィクション化した客観的な自己分析という手法は買えるが、不安定なアイデンティティ、愛の不毛というテーマは平凡」などと、熱心なクッツェー・ファンから座布団が飛んできそうなレビューを書いてしまった。
 さらに、「アフリカの原住民でもなく、ほかの南ア白人とも相容れぬアウトサイダーであることが孤独の遠因らしい」とも書いたが、これについて若干補足をしておきたい。p.230にこんな一節がある。Nothing is worth fighting for because fighting only prolongs the cycle of aggression and retaliation.
 これは「クッツェーが自作の中で声を大にして明確に述べていること」とある。昨今よく耳にするアンチ反テロ戦争論だが、こういう立場からは、自分の愛する者や大切に思う価値を守ろうとする情熱は生まれないのではないだろうか。この「平和主義」がとどのつまり、作中人物としてのクッツェーの孤独を生みだしているような気がするのだが、詳細には語られていない。そのあたりがどうも突っこみ不足で、上の疑問ともども、ぼくは最初から最後まであまり乗れなかった。(なお、上の情熱から戦争が生まれる点については、昨年の今ごろからスタートした一連の駄文、「"Moby-Dick" と『闇の力』」で述べたとおりである。http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20081031