ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Simon Mawer の "The Glass Room"(1)

 今年のブッカー賞最終候補作のひとつ、Simon Mawer の "The Glass Room" をやっと読みおえた。先週金曜日の雑感の補足訂正がてら、さっそくレビューを書いておこう。

Glass Room

Glass Room

[☆☆☆★★★] タイトルどおり、ある住宅の部屋が主人公と言っても過言ではない着想が光る。1930年代、チェコの街を望む丘に建てられた超モダンな家の「ガラスの部屋」。この部屋に出入りした人々の足かけ半世紀以上にも及ぶ愛の歴史、そして部屋の歴史が、各人物の視点から編年体で語り継がれる。建て主は自動車会社の社長で、光に満ちあふれた「ガラスの部屋」は当初、新婚夫婦の幸福を象徴する夢と希望の部屋だったが、やがて隣国ドイツでナチスが台頭、ユダヤ人である夫は一家を連れて国外へ亡命。以後、ドイツによる占領、ソ連軍による解放、共産主義体制、プラハの春鉄のカーテンの撤去と時代が移り変わるにつれ、この家の利用目的も変化する。そういう大きな流れと並行して、部屋に足を踏みいれた男と女が部屋の内外で関係。甘美な恋愛、不倫、禁断の恋、動物的な情欲、切ない失恋…さまざまな愛と性の物語が展開される。要するに「ガラスの部屋」を中心とした歴史メロドラマだが、ときに濃密な愛の香りにむせかえり、悲しい運命に胸をかきむしられる一方、光と静寂に満ちた部屋がいわば歴史の定点として心にしみじみと残る秀作である。難易度の高い語彙も散見されるが、英語は総じて標準的で読みやすい。