ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

今年の全米図書賞と Adam Foulds の "The Quickening Maze"(2)

 ちょっと遅いニュースだが、今年の全米図書賞(National Book Awards)の小説部門が Colum McCann の "Let the Great World Spin" に決まった。じつは最終候補作のラインナップをながめたとき、唯一この作家だけ旧作("Fishing the Sloe-Black River")をもっていたので密かに期待していた。受賞作はまだハードカバーしか出ていないようだ。

Let the Great World Spin: A Novel

Let the Great World Spin: A Novel

bingokid.hatenablog.com
 "The Quickening Maze" のほうに話題を戻すと、これが日本で翻訳される見込みはまずないと思う。精神病院が舞台ということで、idiot, imbecile, madhouse など、不用意に訳すといわゆる差別語に該当する単語が頻出するからだ。昔の座頭市シリーズがTVで放映されないのと同じ理由である。
 この「ハンディ」を抜きにしても、本書はどうも線が細く、パンチ不足。「正気と狂気のはざまにある心の迷路をさまよっている」人間の「孤独と悲哀」はたしかに伝わってくるのだが、それ以外に作者が何を言おうとしているのか、勘の鈍いぼくはよくわからなかった。本書によると、19世紀のイギリスでは、健常者でも家庭の事情など周囲の思惑で精神病院に入院させられていた事例があり、主人公のジョン・クレアもどうやらその一人らしいのだが、だからといって、この本がそういう社会的不正を告発しているわけでもない。
 今年はショートリストに残らなかったブッカー賞候補作もすでに2冊読んでいるが、本書とその2冊、"Love and Summer" (William Trevor), "Not Untrue and Not Unkind" (Ed O'Loughlin) との差は実感できない。これが受賞直前の予想で最下位だったのもむべなるかな、と思った。