ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sarah Waters の "The Little Stranger"(2)

 サラ・ウォーターズの前作 "The Night Watch" は夢中で読みふけったぼくだが、それでも満点の評価だったわけではなく、「心の底まで揺さぶられなかったのが残念」という理由で星は4つ。同じ不満を今回はいっそう強く覚える結果になってしまった。
 この "The Little Stranger" もそうだが、ぼくはミステリアスな作品を読むとき、ひとつの評価基準を定めている。簡単に言えば、「それが解くに値する謎かどうか」である。その謎が解かれることによって、なるほど人間にはこんな側面があったのか、人生にはこんな厄介な問題があったのか、と目から鱗が落ちるような思いをする文学作品かどうか。本書と同じゴシックロマン路線に絞れば、『嵐が丘』が代表例である。ミステリつながりで言えば、哲学的な殺人を扱ったドストエフスキーの諸作も挙げられる。
 今ここで『嵐が丘』について詳述するゆとりはないが、あれが愛の問題、悪の問題を相当に掘り下げた作品であることは衆目の一致するところだろう。冒頭から迫ってくるあの異様な怖さも、そういう本質的な問題と決して無縁ではない。
 技術的にはウォーターズはほぼ完成された作家と言ってよい。冒険こそしないが常に水準以上の作品を提供しつづけている。本書もまあ、ぼくのように重箱の隅をつつかなければ十分面白い。これがウォーターズは初めて、ゴースト・ストーリーのたぐいも初めて、という読者だったら相当に興奮するかもしれない。
 だが、雑感にも書いたように、「ウォーターズはこの本を通じて人間性のどんな謎を解き明かそうとしているのか」。ぼくの見るところ、彼女はただただ「表面的な現象」を追いかけているに過ぎない。現象の奥に潜む恐ろしい真実を明らかにしようとはしていない。だからこそ、本書で起きる怪奇な事件は少しも怖くないのである。このハードルを超えないかぎり、少なくともその努力を示さないかぎり、「彼女がブッカー賞を取ることは…今後もありえないだろう」。
 厳しい注文になってしまったが、実力のあるウォーターズだけに、今後の成長を期待したい(…などと、こんなマイナーなブログで書いてもまったくナンセンスだが)。