ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Herta Muller の "The Land of Green Plums"(1)

 諸般の事情で予定より大幅に遅れてしまったが、今年のノーベル文学賞受賞作家、Herta Muller の代表作のひとつ、"The Land of Green Plums" を何とか読みおえた。今まで2回の雑感のまとめになりそうだが、さっそくまず、いつものようにレビューを書いておこう。

The Land of Green Plums

The Land of Green Plums

[☆☆☆★] チャウシェスク体制下のルーマニアを舞台に、その異様な現実を象徴的に描いた作品。若い娘の不可解な自殺を皮切りに、密告や監視、理不尽な家宅捜索、尋問など全体主義の恐怖をストレートに物語る事件も起こるが、多くの場合、言論も行動も圧殺された人々の閉塞感、社会全体の狂気、不条理を暗示するような描写が連続し、それが複雑微妙、非現実的でシンボリックであるため、それぞれの寓話の具体的な意味を解読するのに苦労する。が、異常な事態が常態化した現実という文脈だけはしっかり伝わってくるし、また、異形の社会に生きる人間の愛情や友情がいかに屈折したものとなるかも理解できる。全体主義の根源を哲学的に深く追求した作品ではなく、その狂気と恐怖を描いた小説の歴史に新たな一ページを加えるものでもないが、そんな極楽とんぼの感想を述べられるのも自由があればこそ。自由を奪われた作者自身の体験を本書から想像すると、ここで描かれた現実の前に言葉を失ってしまう。英語的には非常に平易で読みやすい。