ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の "Brooklyn"(1)

 今年のブッカー賞候補作のひとつで、最近はまたコスタ賞にもノミネートされている Colm Toibin の "Brooklyn" を何とか読みおえた。さっそくまず、いつものようにレビューを書いておこう。
 追記:本書は2015年に映画化され、第88回アカデミー賞の作品賞、脚本賞、主演女優賞にノミネートされました。日本公開は2016年で邦題は「ブルックリン」。

Brooklyn

Brooklyn

[☆☆☆★★★] 途中までオーソドックスな移民小説かと思っていたら、最後、悲痛な愛と喪失、別れの物語が待っていた。さらには、運命のいたずら、人生の選択のつらさが身にしみて感じられ、しばし茫然。その展開もふくめてステロタイプとさえ言っていいほどなのに、単純なストーリーに凝縮された愛の重さに胸をえぐられる。舞台は1950年代初期のアイルランドの田舎町とブルックリン。貧しい家に育った清純で繊細、愛情豊かな娘が仕事を求めて渡米、夜学に通いながら働くうちに恋に落ちる。周囲の人物もあわせて性格描写が明確で、愛情や善意、誠意、はたまた、嫉妬や悪意、好奇心などが織りなす各エピソードも明快。馴れぬ船旅の苦労、初めての土地で味わう孤独と不安、ホームシックなど、娘の折々の心情も手に取るようにわかり、古き佳き英国小説の伝統芸を十分に堪能できる。これが現代なら、娘がおちいったようなジレンマは何ら心理的葛藤を生じないかもしれない。内的にも外的にも抑制の強かった時代背景を物語の中にうまく取り入れながら、いつの時代でも変わらぬ純粋な愛の悲しさを描き出している点がすばらしい。英語は平明にして流麗な文体でとても読みやすい。