ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Colm Toibin の "Brooklyn"(2) 

 何度も書くが、本書は今年のブッカー賞候補作であり、来年1月に発表されるコスタ賞の候補作でもあり、さらに、英米アマゾンの年間ベスト10、ガーディアン紙のクリスマス推薦図書にも選ばれている。実際、それだけ評価が高いのも大いにうなずける見事な出来ばえで、ぼくは8月に読んだ "The Master" とあわせ、コルム・トビーンって、つくづくいい作家だなといたく感心した。
 「深い悲しみ、心の痛みが静かに伝わってくる。…どこまでも感情を抑制した筆致なのに深い余韻が胸を打つ」。"The Master" のレビューに書いた一節だが、今回も似たような味わいながら、いっそう鋭いえぐりにノックアウト。ふりかえれば「ステロタイプとさえ言っていい」展開なのに、思わず胸がきゅんとなってしまった。
 とはいえ、半ば過ぎまで読んだ段階では、本書は「タネも仕掛けもない正統派移民小説」であるなどと、文字どおりノンキな感想を述べていたので、まことにお恥ずかしい次第。弁解になるが、主人公のアイルランド娘が「いい相手に巡り会う」も、「これからひと波乱ありそう」と但し書きしていたのがせめてもの救いだ。べつに根拠があったわけではなく、このままハッピーエンディングになるはずがない、と思ったからにすぎない。その「ひと波乱」がじつは大波乱だったわけだが、ネタばらしはこれくらいに…
 いや、ひとつだけ補足しておこう。結末で、娘がスーツケースの底に2枚の写真を忍ばせるシーンがある。あそこは泣ける。Some time in the future, she thought, she would look at them and remember what would soon, she knew now, seem like a strange, hazy dream to her. 大なり小なりこれと似たような経験は誰しも持っていることだろう。それゆえぼくは、この場面も思い出しながら、「内的にも外的にも抑制の強かった時代背景を物語の中にうまく取り入れながら、いつの時代でも変わらぬ純粋な愛の悲しさを描き出している点がすばらしい」と書いたわけである。
 話をブッカー賞に戻すと、今年の最終候補作はまだ1冊読み残しているものの、ほかの5作品と本書を比較すれば、これがなぜショートリストに選ばれなかったのか不思議なくらい。"Wolf Hall" の受賞は順当だと思うけど、Simon Mawer の "The Glass Room" と並んで本書は同格の第2位というのがぼくの評価だ。メロドラマ大好き人間の独断と偏見ですけどね。