ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

今年のピューリッツァー賞とオレンジ賞

 いさかか旧聞に属するが、今年のピューリッツァー賞の受賞作が Paul Hardingの "Tinkers" に決まったので、今日はまずそのレビューを再録しておこう。

Tinkers

Tinkers

[☆☆☆★★] 人は死を現実のものとして意識したとき何を思うのか。そのことについてしみじみと考えさせられる佳品だ。舞台はニューイングランドの小さな町。元時計職人の老人が死の床につき、意識と無意識のあいだをさまよっている。と同時にその70年前、森の中でいろいろな商売をしていた父親も登場。この父親はてんかん持ちで、やがて死ぬ運命にあることがすぐにわかるが、その回想の中で、さらに心の病に冒された祖父も顔を出す。こういう三代にわたる家族の歴史を背景に、老人と父親が時を隔てながら平行して死を迎えようとする物語。時計の複雑な構造や、森の中の風景、四季の移ろいなどの描写は克明で饒舌、死を意識した人間ならではのディテール感覚が息づいている。その細部から次第に浮かびあがってくるのは、肉親への愛と肉親を失った悲しみである。死を自覚した息子が在りし日の父親を思い、父親の人生と自分の人生を重ねあわせる。その父親もまた、自分の死を意識することによってさらに自分の父親と一体化する。そんな愛と死と喪失が哀感とともに胸に迫ってくる。かなり長いセンテンスもあるが、英語はおおむね標準的だと思う。

 一方、今日は今年のオレンジ賞のショートリストが発表された。去年のブッカー賞受賞作、Hillary Mantel の "Wolf Hall" もノミネートされているが、ダブル受賞はまずないだろう。その昔、"Prodigal Summer" を読んでいたく感激した Barbara Kingsolver の名前もあるが、ぼくの勝手な予想では、Lorrie Moore の "A Gate at the Stairs" が最有力候補。昨年のニューヨーク・タイムズ紙と米アマゾンの年間ベスト10にも選ばれているからで、もうすぐ発売される予定のペイパーバックをさっそく予約注文したところだ。

A Gate at the Stairs

A Gate at the Stairs

 Hans Fallada の "Alone in Berlin" はどうした、と訊かれそうだが、このところストレスと疲労がたまりっぱなしで、雑感の続きを書けるほど読み進んでいない。スランプだ。