ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

“Cutting for Stone”雑感(3)

 「さあ波瀾万丈の物語の始まり始まり」と雑感(1)で書いたが、それは本書の長大なボリュームが頭にあったからで、べつに確たる根拠があったわけではない。で、フタをあけてみると、今のところ「波瀾万丈」とまでは行かない。第1部は要するに、ある一日の事件。第2部でその事件がべつの人物からとらえられ、やがて翌日の出来事へと移っていく。それなのに相当な紙幅が割かれているところに、本書の「長さの特徴」があるようだ。
 話としてはかなり面白い。昨日は土曜日なのに出勤して疲労困憊、帰宅後は頭が働かず、「スパイ大作戦」と「口笛を吹く寅次郎」を見ながら痛飲したのでろくに進まなかったが、今日改めて取り組んでみるとクイクイ読める。こんな感触は今年になって初めてかもしれない。
 アジスアベバのミッション系の病院に勤めるシスターで看護婦の Mary が双子を出産して死亡する。これが第1部の粗筋だが、たったそれだけの事件を決して水増しではなくドラマティックに盛り上げているところがすごい。そのドラマは悲劇であると当時にドタバタ劇でもあり、いやむしろ、完全なドタバタ劇と言ってもいいくらいだが、ここには室内劇にとどまらないスケールの大きさが認められる。
 産婦人科の女医 Hema が休暇中ということで急遽、外科医の Thomas が代役を務めていると、最後の最後になって Hema が分娩室に駆けこんでくる。これがドタバタ劇の大筋だが、その間、Thomas と Hema、さらには病院長のシスターの視点が交錯し、それぞれの人生はもちろん、第二次大戦中、エチオピアイタリア軍によって占領されていた時代の回想、ハイレ・セラシエ皇帝統治下の状況、反乱の兆しなども紹介される。こういう歴史的、社会的な背景に加え、端役もふくめた人物観察が詳しく、街の風景、人々の暮らしぶりなども活写される。というわけで、たった一日の出来事が「決して水増しではなくドラマティックに盛り上」がっていく。こうした小説作りに本書の「長さの特徴」があるものと思われる。