ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rose Tremain の “Trespass”(1)

 この夏、ほんとうは英連邦作家賞の最近の受賞作を3冊読もうと思っていたのだが、"Solo"、"The Slap" に続いて2年前の "The Book of Negroes" に取りかかる前にブッカー賞候補作の第1陣が手元に届いてしまった。既報のとおり、今年は珍しく大半がもうペイパーバック化されている。ペイパーバック・リーダーのぼくはつい誘惑に駆られてしまい、まず読みおえたのが Rose Tremain の "Trespass" である。さっそく例によってレビューを書いておこう。

Trespass

Trespass

[☆☆☆★] ヒッチコックが存命なら食指を動かしたかもしれないミステリ仕立ての愛憎劇。冒頭は南仏の片田舎。孤独な少女は小川で何を見たのか? 一転、ロンドンでアンティークショップを営む老人が登場。昔は羽振りがよかったが今や落ちぶれ、姉とその友人の住む南仏で余生を過ごそうと家を探しはじめる。当地では自堕落な中年男が亡き父親の屋敷に住み、バンガローには男と何やら確執のある風情の妹が。そこへある失踪事件が発生…。単純な人物関係の中で複雑な心理が交錯し、次第に隠微な禁断の世界が広がっていく。前作 "The Road Home" と同様、トリメインの小説作りは堅実そのもので、存在感のある人物をしっかり造形し、男女の情愛やマザーコンプレックス、姉の保護本能など、陰翳に富んだ心理や感情をそれぞれ入念に描きながらドラマの流れを確立、次第にミステリアスな主筋へと絞りこんでいる。本質的にはメロドラマだが、牧歌的な農村風景の中で繰りひろげられる禁断の愛憎劇ということで光と影のコントラストが鮮やかだ。英語は平明で読みやすい。