ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Andrea Levy の “The Long Song”(1)

 お盆休みを利用して今年のブッカー賞候補作、Andrea Levy の "The Long Song" を読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。

The Long Song: Shortlisted for the Man Booker Prize 2010

The Long Song: Shortlisted for the Man Booker Prize 2010

[☆☆☆★★] 奴隷の苦しみを描いた小説は数多いが、悲惨な歴史をコメディー・タッチで綴った点に本書の価値がある。19世紀のジャマイカ、サトウキビ農園で奴隷として働いていた黒人女性がその生涯を、母親と息子の人生もふくめてふりかえる年代記。現象的には虐待や暴行、奴隷の反乱とその鎮圧、処刑、はたまた拳銃自殺など血なまぐさい事件が続くものの、女性が「生まれ落ちた」いきさつに始まり、インディー・ジョーンズばりのゴキブリ退治騒ぎ、農園での「糞まみれ」の仕事など、各エピソードはコミカルで、ほら話に近いほど誇張され、要するにこれはスラップスティック調の悲喜劇である。人物描写もユーモアたっぷりで、大昔の映画でも観ているような感情過多、演技過剰気味の役者たちの演じるドタバタ騒動がじつに楽しい。それを大いに盛りあげているのがブロークンで饒舌、活発な文体で、この語り口の妙によって本書は佳作たりえていると言っても過言ではない。ひるがえって、もしこれがそういう文体の面白さによって支えられた「スラップスティック調の悲喜劇」でなかったとしたら、内容的にはさほど新味がないとも言える。ただし、安易な問題告発で能事足れりとする安手の政治小説、社会小説よりは数等高級な作品である。英語の難易度は現代文学としてはけっこう高いほうだと思う。