ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2010年ブッカー賞ショートリスト発表(Man Booker Prize 2010 shortlist)

 今年はロングリストの段階で珍しく6冊も候補作を読んでいたので、例年以上にショートリストに残った作品が気になり、今しがた調べてみた。すると、ぼくが勝手に大本命に推していた David Mitchell はあえなく落選。逆に、ぼくにしては珍しく酷評した Peter Carey がノミネートされている。ああ、ブッカー賞とは複雑怪奇なり!
 ともあれ、未読の候補作が4冊もあるので、またしばらくブッカー賞につきあわざるをえない。以下、既読の作品2冊のレビューを再録しながらリストアップしておこう。Andrea Levy を先に挙げたのは、昨日の候補作ランキングにもとづいたからである。
1."The Long Song" Andrea Levy

The Long Song: Shortlisted for the Man Booker Prize 2010

The Long Song: Shortlisted for the Man Booker Prize 2010

[☆☆☆★★] 奴隷の苦しみを描いた小説は数多いが、悲惨な歴史をコメディー・タッチで綴った点に本書の価値がある。19世紀のジャマイカ、サトウキビ農園で奴隷として働いていた黒人女性がその生涯を、母親と息子の人生もふくめてふりかえる年代記。現象的には虐待や暴行、奴隷の反乱とその鎮圧、処刑、はたまた拳銃自殺など血なまぐさい事件が続くものの、女性が「生まれ落ちた」いきさつに始まり、インディー・ジョーンズばりのゴキブリ退治騒ぎ、農園での「糞まみれ」の仕事など、各エピソードはコミカルで、ほら話に近いほど誇張され、要するにこれはスラップスティック調の悲喜劇である。人物描写もユーモアたっぷりで、大昔の映画でも観ているような感情過多、演技過剰気味の役者たちの演じるドタバタ騒動がじつに楽しい。それを大いに盛りあげているのがブロークンで饒舌、活発な文体で、この語り口の妙によって本書は佳作たりえていると言っても過言ではない。ひるがえって、もしこれがそういう文体の面白さによって支えられた「スラップスティック調の悲喜劇」でなかったとしたら、内容的にはさほど新味がないとも言える。ただし、安易な問題告発で能事足れりとする安手の政治小説、社会小説よりは数等高級な作品である。英語の難易度は現代文学としてはけっこう高いほうだと思う。
2."Parrot and Olivier in America" Peter Carey 
Parrot and Olivier in America

Parrot and Olivier in America

[☆☆☆★] 19世紀前半、草創期のアメリカを主な舞台にした歴史小説。動乱の続くフランスを逃れて渡米した青年貴族と、数奇な運命の果てに青年と出会ったイギリス人の召使いが主人公で、二人の視点から交代で珍道中が語り継がれる。冒険活劇に始まり、コミカルなドタバタ騒動もあれば、青年が召使いの恋人に熱をあげて三角関係になったり、はたまた美しいアメリカ娘に恋をしたりといったメロドラマもあるなど、個々のエピソードはけっこう楽しい。それらを通じて、熱にうかされたような富の追求や自由の享受といった当時のアメリカの状況が次第に浮かびあがる一方、青年が貴族ゆえに味わうカルチャーショックは同時に通過儀礼でもあり、その点に絞れば青春小説のおもむきもある。視点の変化のほか、過去と現在の話が巧妙に織りまぜられ、手紙文も混じるなど、語り口にプロ作家の熟練の業が光り、饒舌な文体と相まって読みごたえのある作品に仕上がっている。だが、作者の歴史観はごく常識的なもので、この有名な時代をモチーフとして新たに小説を書く意味が伝わってこない。斬新な切り口から得られるはずの知的興奮は皆無。登場人物の生き方に感動することもない。それゆえ盛り上がりに欠け、堅実無比のオーソドックスな技法でさえ二番煎じに思えてしまう。語彙的には難語も頻出するが、総じて読みやすい英語である。
3."Room" Emma Donoghue
bingokid.hatenablog.com
4."In a Strange Room" Damon Galgut
bingokid.hatenablog.com
5."The Finkler Question" Howard Jacobson
bingokid.hatenablog.com
6."C" Tom McCarthy
bingokid.hatenablog.com