ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tom McCarthy の “C”(1)

 今年のブッカー賞最終候補作の中で、今のところ1番人気らしい Tom McCarthy の "C" をやっと読みおえた。さっそく例によってレビューを書いておこう。

C

C

[☆☆☆☆] とんでもない勘違いのような気もするが、これは生の現実をすこぶる鋭敏な感覚でとらえ、それを見事に小説化した作品かもしれない。その現実とは、不条理だが決して虚無的ではなく、むしろその実態にふれることによって生の充足感、愉悦感さえ覚えるものである。ただし、それを味わうには不条理を、相当な試練を経験しなければならない…。20世紀前半、イギリスの片田舎に生まれた少年の姉も父親も、そしてもちろん少年自身もエキセントリック。それぞれ奇矯な行動に走り、最初は何の話かさっぱりわからない。が、面白おかしいエピソードを追いかけているうちに、間接的ながら上のテーマが見えてくるように思う。全体は4部構成で、少年はやがて青年となり、それぞれ最後に劇的に盛りあがる展開のうちに何度も生の現実を痛感する。途中、第一次大戦に従軍するなど、死と隣り合わせの極限状況に立たされることもあるほどだが、青年はしぶとく生き残る。それどころか、大げさに言えば人間存在の根底にふれて生を満喫している。が、これは断じて観念的な哲学小説ではなく、コミカルな事件をはじめ、行きずりのセックス、戦闘機の空中戦、交霊術の会、エジプトでの地下墳墓探検など、各部ともサービス満点のくだりがあって大いに楽しめる。青年が出会う人々もそれぞれ存在感があり、その出会いを通じて人生を生きている姿が目にうかぶ。そういう事件、人物からなる細部の面白さの奥にひそむ深い意味を読者が各人各様、汲みとるべき作品だろう。英語も現代文学としてはかなり難易度が高いほうだと思う。