ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Helen Dunmore の “The Betrayal”

 予定より大幅に遅れてしまったが、今年のブッカー賞ロングリスト候補作、Helen Dunmore の "The Betrayal" をやっと読みおえた。例によってさっそくレビューを書いておこう。

The Betrayal

The Betrayal

[☆☆☆] スターリン体制末期のレニングラード。病院に勤務する優秀で誠実な小児科医が、同僚の依頼で秘密警察高官の息子を診断したことから、とんでもない悲劇に巻きこまれる。…という発端のエピソードを読んだだけで、その後の展開と結末までおおよそ見当のつく定番の物語。当時の医師が陰謀を企てたかどで次々に逮捕されたのは史実らしいが、その事件を初めて知らされても、さもありなんと思うだけで意外性に欠ける。ここにはドストエフスキーザミャーチンオーウェルなど、過去の輝かしくも暗い「全体主義小説」の歴史に何も付け加えるものはない。とはいえ、神ならぬ医師は万人を救えるわけではなく、その処置に疑念をいだく患者の家族もいる。この医師の倫理の問題を恐怖政治にからめた点が目新しいかもしれない。夫を気づかう身重の妻の物語が平行して進み、こちらは典型的な家庭小説。切ない一瞬もあるが、逮捕と投獄の主筋同様、本質的にはやはり想定内の出来事にとどまっている。英語はごく標準的で読みやすい。