今年の全米図書賞(National Book Award)候補作、Nicole Krauss の "Great House" に取りかかった。Krauss といえば "The History of Love" が有名だが、ぼくは恥ずかしながら未読。手持ちのペイパーバックによると同書は2005年刊。5年前はまだ、おおむね昔の古典名作ばかり読んでいた。全米図書賞なるものも、何それって感じだったのでは。
職場が繁忙期に入って思うように進まず、まだ序盤しか読んでいないが、これはなかなかいい。「序盤」といったが、どうも長編ではないようだ。今まで読んだのは、人物的におそらく関係のない独立した2つの短編だと思う。ただ、2話読んでみて、何となく共通項がつかめてきたところだ。
最初の "All Rise" は、ニューヨーク在住の女流作家が主人公。若いころ、チリに帰国する青年詩人から机その他の家具を借り受け、以来ずっと自分のもの同然に使用してきたが、4半世紀以上もたってから、今は亡き詩人の娘が机を引き取りにやってくる。主筋はざっとそんなものだが、要するに足かけ25年にわたる女の心の歴史を綴った記録である。夢や幻聴も混じりながら、別れた恋人や元夫、亡き父親などの思い出、馴れ親しんだ机を手放したあとにおちいった精神的危機。孤独、断絶、閉塞、喪失、疲労…そんな感覚に充ち満ちている。こう書くと悩める現代人の定番の物語のようだが、作家が主人公ということで文学的雰囲気につつまれているのが大いによろしい。
作家はエルサレムへと旅立つが、第2話 "True Kindness" の舞台もエルサレム。ところが主人公は退職した検事で、長らく音信不通同然だったが、妻の葬儀のためようやくロンドンから帰ってきた息子に積年の思いを(心の中で)ぶつける。幼いころから内向的で母親になつき、自分には決して心をひらかなかった息子。この親子の葛藤が綿々と綴られるが、これまた4半世紀にわたる心の歴史となっている。さて、次はどんなお話なんでしょう。