まず Nicole Krauss の "Great House" について付言しておこう。ここに出てくるユダヤ人はその心の葛藤を通じてほんとうに生きた人物として描かれている。その点、今年のブッカー賞を取った Howard Jacobson の "The Finkler Question" とは大違いで、ぼくは "Great House" を読みながら、そう言えばあちらは何だか紋切り型のユダヤ人の印象しかなかったな、と思わずにはいられなかった。
それから、これで今年の全米図書賞の候補作を読むのは2冊目だが、この "Great House" は8月に読んだ Peter Carey の "Parrot and Olivier in America" よりずっと心に響く作品だと思う。あちらはブッカー賞のショートリストにも残ったので世評は高いのかもしれないけれど、ぼくは以前に述べた理由で評価できない(http://d.hatena.ne.jp/sakihidemi/20100906)。
さて、今日から Paul Auster の新作 "Sunset Park" に取りかかった。例によってクイクイ読める展開で、なかなか面白い。ただ、去年の "Invisible" のほうがもっと面白かったかな。とはいえ、あちらはいつもどおりレビューも雑感も書いたのに、もう中身をすっかり忘れてしまった。大昔読んだ初期作品のほうが鮮明に心に残っている。
これは今のところ、たまたま "Great House" と同じ構成で、複数の人物が交代で主役をつとめている。トップバッターは、フロリダで住宅に前の住人が残した物品を片づける仕事をしている青年。高校生の娘と同棲中で、家庭教師の役も果たしたりしている。離婚した両親や新しい母親、継兄との複雑な関係、過去のいまわしい経験などが次第に明らかにされる展開だが、青年は誠実で正義感の持ち主。心に深い傷を負い、今また悲しい別れを強いられようとしているのに意志堅固。ひょうひょうとした活力もあり、孤独や挫折、絶望の先に希望の光が見える。ただし、物語はまだ途中のようだ。
2番手と3番手は、やがて青年が向かうニューヨークはブルックリンの住人で、オンボロの空き家に不法に住んでいる青年の旧友と、そこに同居している女の大学院生。どちらもさらっとした書き方で、まだ青年ほど詳しい身の上話は語られないが、何だか愉快な暮らしぶりにふさわしくフシギな魅力に富んでいる。本書のタイトルは、くだんのボロ家がある地区の名称でもあるので、ひょっとしたらこの先、以上の住人たち、若者たちの生活が面白おかしく描かれるのかもしれない。