ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2010年ぼくのベスト3

 このところ、いつもの「自宅残業」に加えて年末恒例の買い物と大掃除の毎日だ。おかげで、このブログもしばらくサボってしまった。しかし今日はこれから第9を聴きながら、晩に一杯やるまで Rafael Yglesias の "A Happy Marriage" に再び取り組もうと思っている。(クリスマスまでは「クリスマス・オラトリオ」その他、バッハばかり聴いていたのに、その後は第9をはじめ、フルトヴェングラー指揮のベートーヴェンのみ。まったくスノッブ趣味ですな。ともあれ、今年は同じバイロイト盤でも、Mythos, Delta, Otaken の3枚をとっかえひっかえ聴いている。それから、1953年5月30日のドリームライフ盤は文字どおり合唱がすばらしい)。
 というわけで、今年最後の日記は「ぼくのベスト3」でお茶を濁すことにした。今年は諸般の事情で去年ほど読めなかったのが残念。来年はがんばろう! 以下、読んだ順に。

Cutting for Stone

Cutting for Stone

[☆☆☆☆] 愛と友情、誠意と信頼、人間の絆と運命をテーマにした掛け値なしの感動巨編! ハイレ・セラシエ皇帝統治下、エチオピアの首都アジスアベバの病院でシスターが双子を出産後に死亡というショッキングな事件に始まり、その前後50年以上にわたる激動のエチオピアの歴史を背景としながら、今や外科医となった双子の兄マリオンが幼年時代から現在にいたる自分の人生をはじめ、シスターや実の父親と目された外科医、育ての父と母、弟や初恋の娘などの人生を回想する。出産をめぐるドタバタ喜劇、二人の父親がそれぞれ体験したロマンスを扱った恋愛小説、マリオン自身の恋の痛手が中心の青春小説、親子や兄弟の断絶と和解を描いた家庭小説、さらにはイタリア軍による占領、皇帝による統治、クーデター、内戦などの政変を描いた歴史小説、社会小説と、本書にはじつにさまざまな要素がある。が、それは同時にすべて、数奇な運命のもとに生まれ落ちたマリオンが医師として、人間として成長していく過程でもあり、その成長過程を通じて「愛と友情、誠意と信頼」の尊さ、「人間の絆と運命」の重みがひしひしと伝わってくる。人が生まれ育ち、そして生きつづけるあいだに、自分自身はもちろん、自分と深くかかわる人々も数多くのドラマを体験する。その複合ドラマの一環として自分の人生がある。そんな思いに駆られる「感動巨編」である。冒頭の出産シーンをはじめ、マリオンと性悪な兵士との対決、息づまるような外科手術の模様などアクション・シーンが多いのも魅力のひとつ。英語は医学の専門用語を除けば標準的なもので読みやすい。
The Thousand Autumns of Jacob de Zoet

The Thousand Autumns of Jacob de Zoet

[☆☆☆☆★] いささか度を超した細部描写、ダイグレッションの連続かと思える筆運び、快調になってからも整合性を疑わせる展開と、いくらでも重箱の隅をつつけそうな本書だが、それらの欠点を補って余りある美点がここにはある。おのれの信念を貫きとおす人間の見事さ、自己犠牲の美しさに理屈ぬきに感動を覚えるからだ。それは現代人への警鐘でさえあるかもしれない。現代は価値基準が曖昧で混沌とする中、立身出世や私利私欲に走る一方、美辞麗句で偽の処方箋を売りつける手合いさえいる時代だ。そう考えると、本書の舞台は江戸時代の長崎出島だが、これは現代の世相を反映させながら、現代人が忘れている生き方を見事に小説化した作品とも言えるのではないだろうか。この観点から冒頭で指摘した「欠点」をふりかえると、じつはそれが必ずしも「欠点」とは言えず、ミッチェルが十分に計算したうえでの文体や構成、展開、あるいは人物造形であることに気がつく。たしかに冗長で退屈なくだりはある。が、その悠々たるペースに我慢してつきあっていると、やがて息づまるようなサスペンスに満ちた冒険小説、現代のカルト教団を思わせる一派を描いた伝奇小説、すさまじい砲撃シーンが圧巻の戦争小説など、中盤あたりから次々と畳みかけるようないろいろな物語的要素に圧倒される。そして何より、信念を貫き、他人のために尽くす人間の姿に感動する。その信念における日本人と西洋人の違いにまで踏みこんであれば申し分なかったのだが、洋の東西を問わず自己犠牲とは美しいものであり、作者はその点に的を絞ることによって本書全体に「整合性」をもたらしている。当初の疑問は杞憂に過ぎなかったわけだ。英語は現代の作品としては相当に難易度が高いと思う。
Hotel on the Corner of Bitter and Sweet

Hotel on the Corner of Bitter and Sweet

 第二次大戦中、シアトルで知りあった中国系の少年ヘンリーと日系の少女ケイコ。日系人の強制収容という悲劇に見舞われた2人の純愛は悲しいまでに美しく、とりわけケイコのために献身的に尽くすヘンリーの一途な真心には、それが実を結ばぬとわかっているだけになおさら胸を打たれる。まさしく「ほろ苦い」青春小説、恋愛小説だが、その「ほろ苦さ」がまた強制収容の不条理、悲劇性を実感させるゆえんともなっている。頑固で大の日本人嫌いの父親や、夫と息子の板ばさみに苦しむ母親、ヘンリーに何かと手を貸す黒人のサックス奏者、無愛想だが根は優しい白人の料理女、ヘンリーをいじめる年上の少年など、どの脇役もツボを押さえた働きぶり。40数年後、妻を亡くしたヘンリーの息子とその白人のフィアンセも同様で、以上の脇役陣との交流や対決を通じて親子の断絶と和解、人種差別、さらには強制収容の問題が描かれる。その結果、本書は純粋な愛情や友情の美しさをストレートに表現して感動的であると同時に、ただの「ほろ苦い青春小説、恋愛小説」にとどまらない大人の小説へと熟成している。それにしても、ひたすらケイコを思いやるヘンリーの真心には理屈ぬきに感動を覚える。英語はごく標準的で読みやすい。